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世界の音楽と家庭 [9]

音楽評論家 吉川 鶴生

北欧の美しき旋律

二大作曲家を生んだモルダウの美しき流れ

19世紀のチェコの作曲家スメタナは、ロマン派時代における国民楽派の一人として知られています。スメタナの音楽で有名なのは、交響詩「わが祖国」です。その中に構成されている6曲のうちの1つである「モルダウ」※1は非常によく聴かれる美しい曲です。チェコの代表的な河川であるモルダウ河の流れは、おそらく嘗(かつ)てのボヘミア王国の名残をのせて美しく流れ続けているのでしょうが、モルダウの流れを描写しつつ、スメタナは、今はなき王国の栄枯盛衰に思いを馳(は)せていたのかもしれません。

肖像画
Antonin Dvorak
(1841-1904)

ドヴォルザークはスメタナの影響を大いに受けて、また、ワーグナーやブラームスの音楽からも学び、作曲家として名を成しました。彼は作曲家として確固たる地位を確立したのち、しばしば、英国や米国を訪ね、活動していますが、特に、アメリカで、インディアンの音楽に触れて、ボヘミア音楽との類似性に感動し、作曲への意欲を掻き立てられました。そのことをきっかけに、あの交響曲第9番ホ短調『新世界より』※2を書き上げ、世界の人々に不朽の名作を残すことになったのです。一口に言って、ドヴォルザークの曲は美しいメロディーであり、ポーランドやチェコ、ロシアなどの、いわゆる、スラブ系民族の旋律が彼の魂のどこかに流れていたことは確かでしょう。

6人の子供を養い育てるのに、一生懸命働いて、少しでも多くの収入を獲得しなければならない状況でしたが、アメリカに渡って活動した背景には、その当時、アメリカはまだヨーロッパに較べれば、音楽後進国でありましたが、それ故に、ヨーロッパ並みの音楽文化を作り上げていこうとする温かい理解者たちの存在があったことと、ドヴォルザークの活動に対して非常に高額の収入が保証されたことなどが、渡米の理由としてありました。チェコという小さな国の偉大な2人の音楽家を人類は長くその記憶に留めることでしょう。

スカンジナビアの音楽家たち

グリークという音楽家は、19世紀を彩ったノルウェーのロマン派音楽の国民楽派の作曲家として知られています。両親は、スコットランド人であり、英国領事としてノルウェーで働いていたときに、彼が生まれました。従って、そのまま、グリークはノルウェー人になってしまったわけです。それはともかく、数多くの曲を作ったグリークですが、中でも、『ペールギュント組曲』※3は、最も多く聴かれる彼の最高傑作であることに間違いありません。透明感のある、清涼で、美しいメロディーは、スカンジナビア半島の澄んだ空気のようであり、静謐(せいひつ)な湖畔にたたずんでいるような爽やかな気分に誘われます。

母に幼少時からピアノを習い、また、歌手のニーナ・ハーゲループと結婚するなど、音楽環境そのものの中で人生を過ごした彼は、音楽協会を創立して、生涯にわたり、音楽文化の普及と確立に努めます。多くの人が、ノルウェーにどんな音楽文化があるのかと首をかしげる中、グリークがノルウェーを高く世界に知らしめた功績は、決して小さくありません。

同じ北欧でも、フィンランドのシベリウスは、フィンランドに対する祖国愛を荘厳な響きを持った音楽で表しています。例えば、代表作『フィンランディア』※4を聴くと、グリークの繊細優美の音楽とは大きく異なり、荘重、雄大、堅強の音響世界が迫ってきます。凍(い)てつく北の大地で何者にも屈せず、生き抜いたフィンランド人の魂そのものの音楽といってよいでしょう。妻のアイノを深く愛したシベリウスは、晩年を過ごしたヤルヴェンパー居城に「アイノラ」という名をつけたほどです。その音楽人生は妻との愛情生活の賜物であったのかもしれません。

美しき旋律を奏でる北方の音楽

スラブ系民族やスカンジナビアの国々の音楽は、概して、メロディーラインが美しいと言えます。

例えば、ドヴォルザークのオペラ『ルサルカ』で歌われる「ソング・トゥー・ザ・ムーン」※5、また、グリークの「ソルヴェイグの歌」※6などを、ロシアのソプラノ歌手アンナ・ネトレプコが歌っているのを聴くと、実に美しい旋律と言わざるを得ません。

卑近な例になってしまいますが、ダンス音楽のアバが歌う曲のメロディーが心地よいのもスカンジナビア音楽の普遍的な特性と言えるかもしれません。ともあれ、スメタナ、ドヴォルザーク、グリーク、シベリウス、これらの偉大な作曲家たちに敬意を表したいと思います。

文中で紹介されている曲は以下のサイトから聴くことができます。
 (クリックすると、別ウインドウまたはタブで外部サイトが開きます。)

  1. ベドルジハ・スメタナ 交響詩『わが祖国』第2曲:ヴルタヴァ ホ短調「モルダウ」
    [HD] Bedr(ich Smetana : "Die Moldau" / Karajan / Vienna Philharmonic
     http://www.youtube.com/watch?v=XDjE6H5HqWk
  2. アントニン・ドヴォルザーク 交響曲第9番 ホ短調 作品95『新世界より』
    Dvora'k: Symphony No.9 "From The New World" / Karajan - Vienna Philarmonic
     http://www.youtube.com/watch?v=WuqyfEyNXQo

     ※2013/9/24.機関誌掲載時のリンク先が参照できなくなったため、URLを変更しました。
  3. エドヴァルド・グリーグ 劇音楽『ペール・ギュント』第1組曲 作品46
    Edvard Grieg: Peer Gynt Suite No.1
     http://www.youtube.com/watch?v=dyM2AnA96yE
  4. ジャン・シベリウス 交響詩『フィンランディア』 作品26
    Jean Sibelius: Finlandia
     http://www.youtube.com/watch?v=afUFvbVwq-I
  5. ドヴォルザーク オペラ『ルサルカ』 作品114 第1幕から「月に寄せる歌」
    Anna Netrebko - Rusalka (Dvor(a'k).avi
     http://www.youtube.com/watch?v=gXgTkSYi0GA
  6. グリーグ 劇音楽『ペール・ギュント』 作品23 第4幕から『ソルヴェイグの歌』
    Anna Netrebko sings "Solveig's Song" by Edvard Grieg
     http://www.youtube.com/watch?v=2AZL0FcQDV0