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春夏秋冬つれづれノート

ジャーナリスト 堀本和博

仲秋の1日、杜の都・仙台市のケヤキ並木で知られる青葉通りに晩翠草堂を訪ねて

「天地有情」の石碑に足を止めた。車が激しく行き交う道路沿いに林立する中高層ビル群にあって、その一隅(いちぐう)だけは小粋な和庭に木造平屋の家が静かで落ちついた佇(たたず)まいにあった。仲秋の1日、仙台市の晩翠草堂を訪ねた。JR仙台駅正面から西に、ケヤキ並木で知られる青葉通りを15分ほど行くと晩翠通りと直交する、その一角にある。

「秋陣営の霜(しも)の色/鳴きゆく雁(かり)の数(かず)見せて/植うるつるぎに照りそひし/むかしの光いまいづこ」(2番)

日本を代表する歌曲「荒城の月」(作曲・滝廉太郎)は、日ごろ歌わない私でも時に口ずさんだりもする。作詞したのが日本近代詩に島崎藤村とともに「晩藤時代」を築いた詩人で英文学者の土井晩翠(どいばんすい)(本名・林吉(りんきち))である。草堂は、戦災で住居と貴重な蔵書を失い失意にあった晩翠のために、教え子らが昭和24年に、旧居跡に建てたもの。晩翠が80歳で生涯を終えるまでの3年余を過ごした草堂は、仙台市が当時のままに保存し公開している。石碑の「天地有情」は晩翠の第一詩集名で、代表詩集である。

仲秋の名月

さて、夜が長くなった秋の夜空は、天高く澄みわたる空気と掃くようなうっすらした雲に浮かぶ月がひときわ美しく見える。旧暦8月15日の満月・十五夜をいう中秋の名月が今年は9月19日、その返しにもう1回月見をする旧暦9月13日の十三夜が今月17日である。

四季折々、なかでも秋に月を愛(め)でてきた日本人には、月は身近な存在であった。満月を十五夜、その前後の月を十三夜、小望月、十六夜(いざよい)、立待月(たちまちづき)などと一夜一夜の月に呼び名を付け、満月も雲に隠れると無月(むげつ)、雨降り満月を雨月(うげつ)と呼んだりしてきた。月にまつわるおとぎ話や童謡にも親しんできた。そして、何より旧暦は月の満ち欠けをもとにした暦(こよみ)なのである。

そんな月が照らしだす風景も、いろいろな思いを巡(めぐ)らせてくれる。月に照らしだされた荒れ果てた古城を目に映して、人は何を思うのであろうか。人と国の歴史が刻む栄枯盛衰や諸行無常。「荒城の月」にはそれらとともに、過ぎ去った昔の記憶や精一杯生き抜いてきた歩みを蘇らせ、懐かしむ響きがあり、それが今なお人々の琴線に触れるのだろうか。

明治4(1871)年、仙台に生まれた晩翠は明治33年に帰郷すると二高教授として教鞭をとり、著作に励んだ。昭和22年に日本芸術院会員、24年に仙台市名誉市民、25年には詩人では初の文化勲章に輝き、27年にその生涯を閉じた。10月19日が晩翠の命日である。

〈遙(はる)かにも彼方(かなた)にありて月の海〉中村草田男