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世界の音楽と家庭 [10]

音楽評論家 吉川 鶴生

家庭と世界の平和への深い祈り

人生を導く魂の歌

音楽の力が、人々の生き方に深く影響を与え、特に、その歌詞が人々の魂に感謝、喜び、愛、信仰、希望、前進、悔い改めなどの思いを沸き立たせることがあります。それは聖歌、讃美歌と呼ばれる音楽で、聴くというよりも信者が揃って教会で歌い、また自分ひとりであっても家などで歌う歌です。キリスト教会をはじめ、他の宗教でも、頌栄歌は欠かせない音楽の一大ジャンルです。

非常に知られた讃美歌作家として、イギリスでは18世紀に活躍したジョン・ウェスレー、チャールズ・ウェスレー兄弟の弟の方であるチャールズの音楽が有名ですが、兄のジョンはイギリス中を説教して歩いた大説教家です。

わが魂を愛してくださるイエスよと呼びかけながら、そのイエスを慕い、その救いに心を寄せるウェスレーの音楽※1は、聴いているだけでも心が洗われます。英国国教会(アングリカン・チャーチ=聖公会)が産業革命の世俗化の荒波の中で、信仰の力を落としていたとき、18世紀のイギリスに信仰の魂を猛然と吹き込んだのがウェスレー兄弟でした。その中でチャールズ・ウェスレーが果たした音楽の力は、兄の説教の力とともに大いなる働きをしたのです。

ドイツの宗教改革者であるマルチン・ルターは、その不屈の信仰を示すにふさわしい讃美歌を残していますが、「神はわがやぐら」※2の邦題で知られる曲は、力強い信仰表明の歌として広く知られています。ドイツで発祥した宗教改革は、主に北欧にその勢力圏を伸ばし、大きく結実したのが海を渡ったイギリスであり、さらに、大西洋を越えたアメリカでありました。

そのような背景から、プロテスタント讃美歌の聖地は、イギリスやアメリカであり、多くの有名な讃美歌が、英米の作曲家によって作られています。

映画『タイタニック』でも有名になった「主よ御許(みもと)に近づかん」※3の讃美歌は、19世紀半ば、アメリカのローウェル・メイスンの手になる曲です。そう言えば、『銀河鉄道の夜』の中でも、加賀谷玲さんが情緒たっぷりに歌っていたことを思い出す人もいることでしょう。

アメイジング・グレイスは世界を駆ける

キリスト教にあまり関係がなくても、あるいはその信仰世界があまり理解できないという人でも、音楽はおそらく別です。

「アメイジング・グレイス」を聴いたことのある人は、いい曲だなあというように感じたはずです。あまりにも多くの有名歌手たちがこぞって歌っていますので、どこかで誰かが歌っているのを聴かないことがないという曲です。例えば、ニュージーランドの美しい歌姫、ヘイリー・ウェステンラの歌う「アメイジング・グレイス」※4などは、極めてオーソドックスに流麗なメロディーとして歌い上げていますが、神への讃歌として美しく輝いています。

最近、よく歌われる讃美歌に、と言ってもほとんどポピュラーソングとして聞いている人が多いので、讃美歌であると感じにくいのですが、アイルランドの心地よい現代讃美歌が「ユー・レイズ・ミー・アップ」※5です。これをジョシュ・グロバンが高らかに歌っているのを聴くとき、誰もが心を引き上げられるような気持ちになるはずです。

とにかく、英米の有名シンガーたちが、幼少時に教会の聖歌隊のメンバーであったという経歴の多いことには驚かされます。

ホイットニー・ヒューストンなどはその代表格だと思いますが、伸びやかに美しく歌い上げるポップ・シンガーたちの中には、讃美歌で歌唱力を鍛えたという人が少なくないのです。

讃美歌は日本でも生まれる

このように、聖歌、讃美歌の世界を見てきますと、気になることがひとつあります。やはり、日本はどうなんだという疑問です。

日本でも立派な讃美歌が数多く作られています。日本初の有名な曲をひとつだけあげるとすれば、「山路越えて」※6という讃美歌は聴き逃すわけにいきません。この曲の歌詞を明治期に書いたのが松山藩士の長男として生まれた西村清雄です。作曲はアメリカのアーロン・チャビンですが、すでに明治期に讃美歌の世界に日本人が名乗りを上げたという事実はありがたいものです。

今では、たくさんの讃美歌が日本人によって作られており、家庭の平和、世界の平和への祈りをこめて歌われています。個人の魂にとどまらず、家庭と世界の平和に対する深い祈りが讃美歌の中にはあるのです。

文中で紹介されている曲は以下のサイトから聴くことができます。
 (クリックすると、別ウインドウまたはタブで外部サイトが開きます。)

  1. チャールズ・ウェスレー 「Jesus, Lover of My Soul」
    Jesus lover of my soul - Charles Wesley
     http://www.youtube.com/watch?v=sEWTMyiWmiQ
  2. マルティン・ルター 「神はわがやぐら」
    A mighty fortress is our God (Vocals & Organ)
     http://www.youtube.com/watch?v=Snj9yR5Ae_k
  3. ローウェル・メイスン 「主よ御許に近づかん」
    Nearer, My God, to Thee (Bethany) — Choir of Christ Church Cathedral, Oxford
     http://www.youtube.com/watch?v=1Oa-rwcfmH4
  4. ジョン・ニュートン 「アメイジング・グレイス」
    Hayley Westenra - Amazing Grace - Hour of Power
     http://www.youtube.com/watch?v=bRRzgQK5cIQ
  5. シークレット・ガーデン 「ユー・レイズ・ミー・アップ」
    you raise me up - josh groban with lyrics
     http://www.youtube.com/watch?v=oni0tO_HN30
  6. 西村清雄 「山路越えて」
    日本人の詩による初の賛美歌 「山路こえて」
     http://www.youtube.com/watch?v=RyJpCZYmV8w