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親育て子育て(13)

ジャーナリスト 石田 香

「死」について考えさせる

子供は意外と身近に死を感じているもの、親しい人のお葬式には連れて行こう

子供をお葬式に連れて行く

子供をかわいがってくれた伯父さんや伯母さんが亡くなると、お葬式に子供を連れて行った方がいいかどうか、悩むことがあります。「心が乱れて、勉強に差し支える」などと考える人もいますが、私は愛する人の死を実感できる機会なので、参列させた方がいいと思います。子供が人生を真剣に考える上において、とても貴重な体験になるからです。

臨終に立ち合うことができると、だれもが敬虔(けいけん)な気持ちになります。通夜や葬儀では、できればご遺体に触らせてもらうと、その冷たさ、硬さから死を実感できます。泣き崩れている人たちの姿は、子供の心に強い印象として残ります。身近な人の死がどれほど皆に大きな悲しみを与えるか、子供はそこから理解するのです。

育ちざかりの子供は、生命力があふれていて、死からは最も遠い存在だと思われがちですが、意外と死を身近に感じています。個人差はありますが、小学校高学年頃までには、「人はどうして死ぬのだろう」「死んだらどうなるのか」などと考えるようになります。

私は小学校6年生の時に、そんな疑問が頭から離れなくなってしまいました。畳に頭をこすり付け、足で畳をけって、グルグル回りながら考えるのですが、どうにも結論が出ません。いくら考えても、考えている自分がいなくなるという状況が、考えられないからです。

そこまでたどり着いて、「だから、いくら考えても分からない」ことが分かったので、とりあえず「地球で死んだら、どこか別の星に行って生きることにしよう」という結論にして、それ以上は考えないようにしました。でも、それまでになく真剣に考えたことで、「深く考える」ということが、少し分かったような気がしました。

死は生の裏返し

人々は長い間、死が身近にある暮らしをしてきて、親しい人の死を通して、自分の生の大切さを感じていました。ところが生活が豊かになるにつれ、人々は死を遠ざけるようになってきています。以前は家で家族に看取られ最期を迎える人が大半でしたが、今では病院で亡くなる人がほとんどで、家族が臨終に立ち会えない場合もあります。

子供が飼っていたカブトムシが死んでしまうと、「デパートで買ってきてあげるから」と言うような親もいます。ゲームでは人を殺してもリセットすれば生き返り、テレビでは死後の世界をバラエティーにしたような番組が視聴率を取っているのが、子供たちをめぐる死の情報空間です。

あるグループが都内の2つの小学校の生徒を対象に行ったアンケート調査では、「死んだ人が生き返ることがあると思うか」の問いに対して、「あると思う」が34%、「あると思わない」が同じく34%、「分からない」が32%という驚くべき結果だったそうです。

こうした死の感覚の希薄化が、子供のいじめや少年犯罪の凶悪化の背景にあるのではないでしょうか。「死」は「生」の裏返し、「生」の延長線上にあるのが「死」なので、死が希薄になると、生も希薄になってしまうのです。端的に言うと、人の痛みが分からない、いのちの大切さが分からない子供になってしまいます。

わすれられないおくりもの

ところで、死を直接の話題にするのは難しいので、絵本の力を借りるのも一つの方法です。

わすれられないおくりもの』(作・絵・スーザン・バーレイ、訳・小川仁央、評論社) は、周りのだれからも慕われていたアナグマが、年をとって死んでしまう話です。

アナグマは賢くて、いつもみんなに頼りにされています。困っている友達は、誰でもきっと助けてあげるのです。それに、とても年をとっていて、知らないことなどないくらい物知りで、死ぬのがそう遠くはないことも知っていました。

アナグマは、死ぬことが怖くはありませんでした。死んで体がなくなっても、心は残ることを知っていたからです。だから前のように、体がいうことをきかなくなっても、くよくよしたりしませんでした。ただ、後に残る友達が余り悲しまないようにしなければ、と思っていました。

ある夜、アナグマは、トンネルの中を走っている夢を見ます。トンネルはどこまでも続き、アナグマの足はしっかりして、杖もいらず、体はすばやく動きます。とうとう地面から浮きあがったような気がして、アナグマはすっかり自由になった感じでした。

次の日の朝、アナグマは寝床で死んでいるのが発見されました。森の動物たちは、誰にもアナグマの想い出がありました。別れた後でも、一人ひとりに宝物となるような、知恵や工夫を残してくれたのです。

最後の雪が消えるころ、アナグマが残してくれたものの豊かさで、みんなの悲しみも消えていました。アナグマの話が出るたびに、みんなが楽しい想い出を話すことができるようになったのです。

かけがえのない友を失った森の動物たちが、それぞれ悲しみを乗り越えていく様子が生き生きと描かれています。友人同士の在り方や、互いに心や技を伝え合うことの大切さ、ひいては人間の生き方について静かに語り掛ける、感動的な絵本です。

『葉っぱのフレディいのちの旅』(作・レオ・バスカーリア、絵・島田光雄、訳・みらいなな、童話屋)もいのちの大切さを考えさせる名作で、日野原重明さんがミュージカルにして話題になりました。