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福祉のこころ(13)

社会福祉士 福島 けんじ

必要とされるところに生きる力が

東京都内のある更生施設でのことです。Tさん(男性、57歳)は滅多に口を開きません。今朝もラジオ体操の時間に起きだし、トイレに行こうとして、顔を合わせました。「おはようございます」と声をかけますが、Tさんはその声にチラッと視線を向けるだけです。いったいTさんは何を考えているのだろうか、彼を担当している職員も気にかけているのですが、心を割って話し合えません。

更生施設は病気をしたり、精神的な問題を抱えたりして養護や生活指導が必要となった人を収容し、生活扶助を行う施設です。この施設には約70名が入所しています。ここで負債問題を解決したり、疾病の治療、アルコール依存症から脱したりし、就労先を見つけ、地域社会への復帰をめざします。

Tさんは半年前、繁華街で酔いつぶれていたところを保護され施設に入りました。20代に結婚し子供ももうけましたが、数年後に離婚。それ以降、1人暮らしで職を転々としてきました。

アルコール依存症の傾向があり、働いても酒で金を使い果たし、アパートに居られなくなったのです。施設の支援でアルコール依存症から脱しつつあったのですが、会話がほとんどありません。心に大きな壁を設けているようで、人を寄せつけません。

そんな7月のある日、施設で納涼祭が開かれました。納涼祭は職員と入所者が一体となってさまざまな屋台を出し、近所の保育園児たちにも来てもらう近隣社会に開かれたイベントです。

Tさんはヨーヨー釣りを担当し、黙々と準備していました。そして園児がやってきました。

「おじちゃん、このヨーヨー、どうしたら釣れるの?」。その時です、Tさんはまるで人が変わったように声を出しました。

「この針をここに通して、ほら、こうやって釣るんだよ。そうそう、もうちょっと、こっちへ。ほら、釣れた!」「ありがとう、おじちゃん、もう1回、やってみるね」「いいよ、よし、今度はこの赤色のヨーヨーを釣ってみようか」

こうしてこの日、Tさんは園児たちに声を掛け続け、生き生きと過ごしました。

この姿を通じて考えさせられました。心の壁を作っていたのはTさんではなく、自分たち職員の方ではなかったのか、と。

園児たちはTさんを無条件に信頼し、Tさんを必要としました。必要とされたTさんは心の壁を取り払いました。園児たちは何とすばらしいのでしょう、Tさんのエンパワメント(内なる力)を見事に引き出したのです。

これに対して職員はTさんに何か援助しようと一方的に働きかけるばかりで、Tさんを必要としたり、エンパワメントを引き出そうとしたりしてきませんでした。そのことを改めて反省させられたのです。

それから数日後の朝、Tさんはいつものようにトイレに行きます。「おはようございます」と声を掛けますが、Tさんは相変わらず視線を向けるだけです。「Tさん、トイレの後、ここの掃除、ちょっと手伝ってくれない? 今日、職員が1人休んでいて、人手が足りないんだ」。するとTさんは「ああ、いいよ」と応じてくれました。

Tさんを必要とする仕事や環境があれば、きっとアルコール依存症からも脱し、社会復帰ができると希望を感じています。