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親育て子育て(14)

ジャーナリスト 石田 香

いのちのつながりを教える

おおぜいの先祖たちの、いのちの流れの先端にいるのが私

いのちのバトンタッチ

私たちのいのちは祖父母から両親を経て、私たちの体に受け継がれてきたものです。そして、子供や孫たちへと、いのちがバトンタッチされていきます。現代人につながる人類の祖先は14万年から20万年前のアフリカで生まれ、そこから世界各地に拡散していったとされています。

食べ物や生活の場を求めてアフリカを出た人類が、中国に到達したのは5万年から7万年前で、日本には3万年から1万2千年前までの間に断続的に流入したと考えられています。そうした悠久ないのちの流れの最先端にいるのが、今を生きている私たちなのです。

いのちのバトンタッチは駅伝と同じで、一端、途絶えると、いのちの流れはそこで止まってしまいます。ですから、今の私が存在しているのは、おおぜいの先祖たちの誰もが失敗することなく、バトンをタッチしてきてくれたからだと言えます。そんな風に考えると、一人ひとりの命の重さが、分かってくるのではないでしょうか。

いのちのつながりを実感できる地域の一つが沖縄です。沖縄で長寿の人が多いのには、豆腐や豚肉、昆布、ゴーヤーなどをよく食べる食生活に秘密があるといわれますが、もっと重要なのは、牧志公設市場の「おばあ」のように高齢者が元気で働き、家族や親戚、地域の人間関係が密なことです。子供たちも地域の子供として、みんなで守り育てるなど、家族のきずな、地域のきずなが豊かに残っているのです。

いのちのまつり

そんな沖縄で生まれた絵本が、草場一壽(かずひさ)作・平安座資尚(へいあんざもとなお)絵の『いのちのまつり│「ヌチヌグスージ」』と『いのちのまつり つながってる!』(いずれもサンマーク出版)で、「ヌチヌグスージ」は「いのちのお祝い、いのちのお祭り」という沖縄の方言です。

『いのちのまつり』は、沖縄に初めて来た男の子が、お墓参りを見かけるところから始まります。沖縄の伝統的なお墓は、亀の甲羅の形をした亀甲墓(かめこうばか)や、家の形をした破風墓(はふばか)という、いずれもコンクリート製の小屋のように大きなもので、家族や門中と呼ばれる父方の親族が一緒に葬られています。お墓の前には広場があり、お墓参りに来た家族や親戚はご馳走を囲み、食べたり飲んだりしながら楽しく過ごします。

びっくりしている男の子に、おばあが「ぼうやにいのちをくれた人は誰ね?」とたずねます。「それは、お父さんとお母さん」と答えます。「そのお父さんとお母さんにいのちをくれた人は……」と進み、ご先祖さまの話になるのです。

ご先祖さまに興味を持った男の子が、その数を数えだすと、両親の2人から祖父母の4人、さらに8人、16人、32人と、代をさかのぼるにつれ、その数が多くなっていきます。ここで絵本は大きなページが折り込みになっていて、それを広げると無数の人々の数が、一人ひとり異なる顔で描かれているのです。ここで子供たちは歓声を上げます。

あるお坊さんは、法事に行ってお経を上げた後、子供たちがいると、法話の代わりにこの絵本を読み聞かせているそうです。すると、お経の時にはつまらなそうな顔をしていた子たちが、笑い声を上げて喜ぶと言います。亡くなった家族の法事などは、確かにいのちのつながりを教える、いい機会ですね。

姉妹編の『つながってる!』は、女の子が家で飼っているイヌの出産に立ち会うことで、いのちのつながりを感じるという話です。

愛犬パールが産んだ子犬に、ひものようなものがくっついているのを不思議がる女の子。お母さんに、へその緒のことを教えてもらいます。その夜、女の子は、夢の世界で、へその緒でつながっている膨大な数の赤ちゃんの世界に飛び込み、「すごーい! みんなつながってる!」と驚きます。そして、思わずお母さんに抱きついて、「お母さん、ありがとう!」と叫びます。

折り込みの大きなページには、無数の子犬と子供たちが、へその緒でつながっている絵が描かれています。人間も自然の一部、同じいのちの中にいる——というのは、日本人が古代から持ち続けている生命観なので、子供たちにも素直に分かる感性があります。

以上の2冊は、いのちの全体像をおおらかに教える上で、お勧めしたい絵本で、同じような絵本もシリーズで出ています。

いのちに触れる機会を

ベストセラー『バカの壁』で知られる解剖学者の養老孟司さんは、「都市は脳がつくったもので、そこにだけ暮らしていると、人間としての感覚が鈍くなるから、年に1、2か月は田舎で暮らしたらいい」と言っています。合理的につくられた人工的な環境にばかり住んでいると、自然の一部でもある人間の感性が、どこかおかしくなってくるということでしょう。「できれば野菜など育てたらいい」と言うのは、いのちを育てることで、自然をより身近に感じられるからです。

都会暮らしでも、鳥などのペットを育てたり、ベランダのプランターで野菜を栽培したりすれば、いのちに対する感性を培うのに役立ちます。野菜やペットなどは私たちが世話をしないといのちを保つことができない、弱い存在です。それらをお世話する中から、子供たちの心に、責任感のような意識も芽生えてきます。

田舎で暮らしていても、今や子供たちが育つ環境は都会とそれほど変わりません。農家の子供も、昔のように農作業を手伝うことは少なくなったので、やはりいのちに触れる機会は、大人がつくってあげる必要があります。