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親育て子育て(15)

ジャーナリスト 石田 香

「愛着」をつくる子育て

幼児期に安定した母子関係をつくることが、子供の成長にとって極めて大切

赤ちゃんはなぜかわいい

子育てや子供の心の発達に関する研究などで、近年キーワードのように語られているのが「愛着」です。愛着理論を唱えたのはイギリスの精神科医ジョン・ボウルビィ。戦後、イタリアの孤児院に収容された戦災孤児の発達障害を調査し、1951年に発表した論文で、その原因は「母性的養育の剥奪」にあるとしたのです。後に幼児期における母子の心のつながりを愛着(アタッチメント)と名付け、その重要性を指摘しました。

生まれたばかりの赤ちゃんは、自然に笑顔のような表情をみせます。それが新生児微笑で、うれしくて笑っているわけではありませんが、そのかわいさがお母さんや周りの大人の心をとりこにして、無条件で世話をしたくなるのです。

また、お母さんが母乳を飲ませるために赤ちゃんを抱くと、お母さんの顔と赤ちゃんの顔との距離は20〜30センチになり、ちょうど赤ちゃんの目の焦点が合うようになっています。そして、お母さんはまだ何も話せない赤ちゃんに話し掛けながら、乳を飲ませます。こうしたごく自然な振る舞いの中で形成されるのが、母子の愛着です。

愛着の重要性が分かっていなかった時代、孤児院などではスキンシップが十分に行われず、食欲の低下から衰弱死する例が多くありました。抱っこなどの愛着行動は、子供が成長する上で食事と同じくらい大切なのです。

愛着の形成は生後すぐに始まり、最も重要な時期が、生後半年から1歳半までとされています。それは、子供の脳の発達と関連しているのでしょう。生後半年くらいから、乳児は養育者を識別できるようになり、1歳半くらいまでの間に、母親など特定の人と愛着関係を結ぶようになります。後を追ったり、まとわりついたりするのです。

1歳半から2、3歳くらいまでは、明確な愛着行動が発達すると同時に、母子分離不安が高まる時期です。母親が見えなくなると、不安になって泣いたりします。ですから、保育所に預けるにしても、だれが養育者なのか、幼児にはっきり分かるようにすることが大切です。短い時間でも、思いっきり抱っこする、一緒に楽しく遊ぶなどして、子供の心から不安を取り除くことが必要です。

母親がそうできるよう、家庭での夫の協力も必要になります。「イクメン」は男性の育児参加のことですが、幼児期の子育ての主体は母親なので、夫は妻を支えるのが基本になります。

大人も抱える愛着障害

幼児期に形成される安定した愛着は「人間が幸福に生きていくうえで、もっとも大切なもの」と言うのが、『愛着障害 子ども時代を引きずる人々』(光文社新書)を書いた精神科医で作家の岡田尊司(たかし)さんです。医療少年院などでパーソナリティ障害や発達障害を抱えた若者の治療に携わってきた経験から、愛着の問題は、欠陥のある家庭環境で育った子供だけでなく、普通の子供や、大人にも広く見られる問題だと言います。

人間が「人の間」と書かれるように、私たちは周りの人たちとの関係を通して成長し、社会生活を営んでいきます。その関係づくりの基本が、幼児期の愛着にあるのですから、岡田さんの主張はその通りでしょう。そこから、愛着は子供だけの問題でなく、親である私自身の問題でもある、と考えることで開けてくる道があります。

同書の後半で岡田さんが強調しているのは、愛着障害は、それを自覚したときから、自分で直していくことが可能だということです。その究極の方法は、自分が自分の親になることで、欠点の多い自分を受け入れながら、投げ出すことなく、今を真面目に生きていくようにする、自分による自分の育て直しです。確かに、問題を誰かのせいにしているうちは何も解決しないのですが、すべてを自分で引き受ける決意をすると、少なくとも気持ちが楽になります。

そう考えると、愛着とは、最終的には自分が自分をどれだけ愛せるかの問題なのでしょう。子供の問題も、実は親の問題を反映した部分が大きいのです。その意味では、親は子供を通して、自分の問題に気づかされる立場にあります。そして親は、自分でそれを解決する能力と責任があるのです。

親を超える子供に

幼児期に愛着形成が十分でなかった子供が、大きくなってから「赤ちゃん返り」する例はよくあります。そんなとき、お母さんはあわてないで、子供の心を察し、十分に甘えさせてやることが大切です。母親の愛情が自分に注がれていることが確認できると、子供のほうから甘えの振る舞いを卒業していきます。

岡田さんの本には、夏目漱石や谷崎潤一郎、川端康成、太宰治、三島由紀夫など、日本を代表する文学者が、それぞれ深刻な愛着問題を抱えていたことが紹介されています。「日本の近代文学は、見捨てられた子どもたちの悲しみを原動力にして生み出されたとも言えるほどである」というのです。

アメリカのビル・クリントン元大統領も、複雑な生い立ちからアダルト・チルドレンだったと告白しています。アップルの創業者スティーブ・ジョブズは、大学を中退してドラッグにおぼれ、インドを放浪するという青春時代を送っています。彼らが創造的な活動ができたのは、親という安全基地を持たなかったからだ、とまで岡田さんは言っています。

愛着にも両側面があるということでしょう。愛着が親の価値に子供を縛り付けるようでは、子供の自由な成長にとってはマイナスです。人間としての基本的な価値は共有しながら、子供が親を超えていくことを願う、というのが親としての心掛けではないでしょうか。