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春夏秋冬つれづれノート

ジャーナリスト 堀本和博

少しほろ苦い山菜は野趣にあふれる山の幸、春の森の香りと旬の味わいを

3年続きの厳冬も、今年はとりわけ厳しかった。それも暦の上で春となる先月の立春(4日)に東京は雪に震えた。この週の週末8日には列島は大寒気に覆われ東北、関東甲信、東海も大雪となり、東京の降雪が昭和44(1969)年の30センチに迫る27センチと戦後4番目の記録となったほど。

それでも、降る雪が雨に変わり、氷が溶けだすころをいう雨水(19日)を経るころからは、春の兆しがそこかしこに感じられるようになってきた。♪春は名のみの 風の寒さや——と早春賦の出だしに心を重ねてつぶやいていたのが、花屋のポットに並ぶ可憐なスミレを目にするこのごろは、♪—春が来た来た 丘から町へ 菫(すみれ)買いましょ あの花売りの——と春の唄の一節を口ずさんでいる。

住まいのすぐ近くには多摩川に注ぎこむ仙川が調布市を流れるが、その水も温(ぬる)んできた。目の前に広がるのは♪春の小川は さらさらいくよ 岸のすみれや れんげの花に——の、こちらは文字通り春の小川の世界である。

そして、今月は暦の上では春も啓蟄(けいちつ)(6日)と春分(21日)の仲春である。啓蟄は春の陽気に土の中から虫が顔を出すころをいうが、春の味覚である山菜を楽しめるのも今ごろから。

東京に単身赴任し家族が山形に住んでいたころ、3月ごろの週末に帰省すると、時どき家内が車で蔵王の麓(ふもと)に案内してくれた。そこで山菜採りをしたのである。ところどころに雪の残る少し湿った斜面を這うようにしてシダや雑草をかき分けて、タラの芽やコゴミ、ウルイ(オオバギボウシの若芽)、ワラビ、ゼンマイの新芽を摘んだりした。

ワラビとゼンマイはあく抜きの手間がかかり、てんぷらやおひたし、和(あ)え物にした山菜は少し苦みがあるが、野趣あふれるそれが春の旬の味であり森の香りである。山の厳しい冬を越えて芽を吹く山菜は、春に息吹く強い生命力を湛(たた)えている。その苦みが冬の間の食生活で、知らず知らずのうちに溜(た)めた脂肪をとる働きがあり、健康にもいいという。春の山菜、秋のきのこは山や森の幸、自然からの贈り物である。

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このごろはスーパーなどでも、タラの芽のてんぷらなどが並ぶのを見かけるようになった。都会生活の中でも、旬の山菜などの食から山の春を楽しめるのである。

〈石(いわ)走る垂水(たるみ)の上のさわらびの 萌え出づる春になりにけるかも〉 志貴(しきの)皇子