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福祉のこころ(17)

ケアマネージャー 増田 佳美

家族介護で思うこと

ケアマネージャーとして、いくつかのケース(事例)を紹介しながら、最近思うことをお伝えしたいと思います。

  1. 100歳に近いMさんは、息子さん家族と同居しています。家族の介護力は決して安心できるものではなく、乱暴な言動や稚拙な介護が目立ちます。ただ、息子さんは自宅で看取りたいという気持ちが強い方でした。私は、本当に看取れるのだろうかと不安でしたが、結果、最後は自宅のベッドでお嫁さんに添い寝され、静かに息を引き取られました。看取ったお嫁さんの幼子のような無垢な泣き顔、そして大往生のMさんの堂々とした姿は、実の母娘のようでした。
  2. 70歳代の男性Sさんは、寝たきりで生活全てに介助が必要です。奥さんはヘルパーに介護を任せ、パチンコに通い続けていました。「長生きしてくれなきゃ困るよ」が口癖で、周囲からはSさんの年金をあてにしていると噂されるような人でした。いよいよ最期が近づいた頃、経管栄養である胃ろうや褥瘡(じょくそう)(床ずれ)の処置を、看護師と一緒に関わる奥さんの姿に触れ、他人にはわからない、夫婦の絆の深さを感じました。
  3. Kさんは、入院先の医師から、家に着く前に急変するかもしれないのに、と心配されながら自宅退院をしました。孫のランドセル姿に涙し、その3日後に家族に見守られて逝かれました。「家に帰りたい」という義母の願いを叶えてあげたいという、お嫁さんの一途な気持ちに、相談員やかかりつけ医、訪問看護師が連携して自宅での看取りができました。

さて、私はケアマネージャーの仕事として家族の負担を軽くしようと計画を作り、日頃から「無理しなくていいですよ、家族が倒れることのないように」といった、優しい言葉をかけてきました。

しかし、最近は、これまでの自分の支援の方針が果たしてよかったのだろうかと思えてきたのです。つまるところ、「家族に、楽なことばかり提案して、必死で介護する機会を与えていないのではないか」という思いです。もちろん、「介護」には正解はありません。サービスを組みあわせ、適切と思われる支援プランを立てるのですが、ケアプラン表には表せない、様々な家族模様があることに思いを巡らすとき、「多少の無理や大変な思いを強いることになったとしても、本当に家族が深く交われる時と場を作れるようにした方が良いのではないか」と思うようになったのです。

私は、昨年、全く予期せず義父の死を経験しました。義父は、10年以上も義母を介護し続け、自分の病状よりも妻のことを心配しながら、わずか2か月足らずの入院生活で先に逝ったのです。そんな義父は、どんな思いだったのでしょう。残された義母は、家族が介護するのは難しい、もう無理ではないかと私も周囲から言われています。

それでも、「家族のつながりとは何だろう」との答えを探しながら、週末、我が家に戻る義母と一緒に暮らしています。

支援者として、そして家族の一人として、介護と人生のことを考えながら……。