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春夏秋冬つれづれノート

ジャーナリスト 堀本和博

短くはかない命を精いっぱい生きる小さな虫たちに、心を通わせてきた日本人

—— 蛍(ほうたる)を頒(わか)つ宝石を頒つごと  福田蓼汀(りょうてい)

メロンハウスを活用したガラス張りの室内は、外界の暑苦しさを遮断しひんやりとした清浄な空気にあふれていた。せせらぎの音を奏でる幅1メートルほどの小川の岸辺に水草やコケ・シダなど水辺の植物が群がる小さなビオトープ(生物生息空間)は、まるで深山幽谷に分け入った気分に浸らせてくれた。

辺りは暗い。その静かな闇の中で、小さな小さな黄緑色の柔らかな光が点滅したり、尾を引いて曲線を浮かび上がらせたりして幻想的な幽玄の世界に導く。「わあっ、きれい」「こんなに近くで光っているよ」「星空みたいだね」と親子、家族連れでやってきた子供たちが思わず発する感嘆の声。長蛇の列を20人ずつで区切って入場、大人も子供も5分足らずの観賞だが、帰り道の顔は一様にやや上気した満足げな表情を浮かべていた。

東京・高島平団地に隣接する板橋区ホタル生態環境館のホタル夜間特別公開を昨年、初めて見た感動は言葉に尽くしがたいものであった。同館では毎年、6月中旬の週末3日間にゲンジボタルの特別公開を行う。

公開されるのは、メダカのいるこの小川の辺(ほとり)で卵から幼虫、さなぎ、成虫と1年の一生を過ごすホタル。福島第1原発事故で全町避難となった福島県大熊町から24年前に、卵を譲り受けて飼育したゲンジボタルの24代目の公開だった。

あの光の乱舞の感動を今年も、と25代目ゲンジボタルの夜間公開を楽しみにしていたが、その期待はあえなく潰(つい)えた。板橋区が施設の老朽化などでホタル館の廃止を検討し、今年1月に同館スタッフを排除して区委託業者によるホタル生態調査が行われた。だが、調査が荒っぽい手法で行われ冬眠する幼虫が大量に流されたため、公開中止を余儀なくされたようである。

ゲンジボタル

ホタル館の維持にはお金がかかるだろうし板橋区には区の事情もあるだろう。同館の区職員の懲戒免職を巡る揉め事も伝えられる。が、せっかく25代も続いてきたホタルと、それを育んできた貴重な自然環境を人工的に保持した他所(よそ)にはないユニークな施設を失うことは実に惜しいことだと思うのだが。

清少納言の『枕草子』は、夏の夜に可憐に光の舞を舞う蛍を愛でて語る一節がある。

「闇もなほ蛍のおほく飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。」

日本人は昔から、短くはかない命を精いっぱい生きる小さな虫たちに、心を通わせて宝石を抱くように大切にしてきたのである。