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春夏秋冬つれづれノート

ジャーナリスト 堀本和博

それぞれ建設時には時代の最先端技術を駆使して作られた隅田川「橋の博物館」めぐり

「橋の博物館」と言われる隅田川に架かる橋(人の渡れる橋)は、河口に最も近い勝鬨(かちどき)橋から佃大橋、中央大橋と上流に上って浅草の白鬚橋(しらひげばし)まで約10キロの間に15の橋(長さ150メートルほどから476メートルまで)がある。つながる区も中央、江東、台東、墨田、荒川の5区にまたがる。そのどれ一つも同じ形のものがなく、それぞれ建設時には時代の最先端技術を駆使して造られた。

勝鬨橋から5つ目の隅田川大橋から上流にある橋からは東京スカイツリーもよく望める。いま人気のクルーズ船や水上バスに乗れば、川風をほおに受けて橋の下を通り川の風景を手軽に楽しめるが、「橋の博物館」の場合は見るものではなく歩いて渡るものである。

何と物好きなと笑われるかもしれないが、私には隅田川両岸の舗道に組み込まれた花壇や樹木の緑、壁のレリーフなどが整備された親水テラス(隅田川テラス)を楽しみながら上り、15の橋ぜんぶを渡った達成感がある。5月の黄金週間のあとから1か月の間に4回に分けての行軍。最後の日は、梅雨入り後の大雨の洗礼まで受けたのである。

まずわが国最大の跳開橋の勝鬨橋(1940年完成)から。両端は骨太のアーチ型でいかつい格好だが、実際に歩くと1980年に開閉を停止した跳ね橋部分が激しい車の往来にかなり揺れた。橋上で揺れを感じたのはこの橋だけだった。

佃中央大橋
〔佃中央大橋〕

東京五輪の1964年完成の佃大橋(約476メートルは最長)は平凡な平橋風だが、このあたりから眺める佃・月島一帯の天空に抜ける高層ビル群の眺望は、ゴミゴミとした感じの新宿のそれとは違って実に美しい。隣の中央大橋は中央の主塔から鋼線が斜めに降りる優美な鋼斜張橋。15橋の中では平成5年完成のスマートな最新橋である

永代橋は関東大震災で炎上し、1926年に再架橋された現存最古のタイドアーチ橋。歴史が香る由緒ある橋で長寿命化補強工事が行われていた。隅田川大橋は上部を首都高速が走る二層式の1979年完成の橋。

清洲橋は関東大震災復興のシンボルとして1928年に完成。青で彩るツイン・ゲートの自定式吊鋼橋は、優美な下垂曲線を描く。勝鬨、永代橋とともに国の重要文化財(2007年指定)である。青の清洲橋に対して、黄色の新大橋は1977年完成の鋼斜張橋。浜町公園側から橋を渡ると、たもと近くに芭蕉記念館などがあり芭蕉ゆかりゾーンに。

昭和初期に建設された両国橋は橋のたもとの大きな球状の石飾り、蔵前橋は籾殻(もみがら)イメージの黄色い欄干と埋め込まれた力士像のレリーフ、厩(うまや)橋は欄干の馬のレリーフが印象に残った。浅草周辺では、これも昭和初期建設の中央部アーチ型の駒形橋、朝日ビール本社屋上のオブジェ・黄金色の炎を背景に朱色の橋が映える吾妻橋、水色の言問(こととい)橋と並ぶ。その上流に上から見るとX形デザインが斬新な曲線歩道橋の桜橋、ここでも長寿命化補強工事中の古いアーチ型の白鬚橋と続く。この辺りの橋はどこも絶好のスカイツリー撮影スポットで、新しい東京の魅力を見つけた思いがして疲れも吹き飛んだのである。