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世界の音楽と家庭 [21]

音楽評論家 吉川 鶴生

バッハとモーツァルトの信仰世界

バッハが語りかけてくる絶対信仰

バッハ音楽は様々に語られ、研究者も多く、また多くのファンがいることから、非常に多様な楽しみ方があると思います。そんな中で否定できないバッハ音楽の特徴は何かと言えば、やはり「至高者への信仰と愛」ということではないでしょうか。

バッハの信仰心の強さは彼の音楽の中にはっきりと現れています。とりわけ216曲ものカンタータ(礼拝音楽)を作曲したバッハですが、宗教改革者ルターの「音楽は神からの賜物」という教えに基づいて、バッハは教会カンタータを精力的に作曲しました。

カンタータ147番「心と口と行いと生活で」※1は有名な曲ですが、「心と口と行いと生き方がキリストの証しをしなければならない」と冒頭から歌い出すこの曲は、まさにバッハ自身の堅固な信仰告白と言えます。147番の中の第6曲と第10曲のコラールがよく知られている「主よ、人の望みの喜びよ」という曲です。147番と並んで人気の高い140番「目覚めよと呼ばわるものみの声高し」※2は、非常に端正な格調を醸し出して気品に溢れています。

バッハの最高峰音楽と称される「ロ短調ミサ曲(ミサ曲ロ短調)」※3は、2時間近くの演奏を要する大曲ですが、アルベルト・バッソの評価によれば「カトリック的な神の讃美の世界と、ルター派的な十字架信仰の世界が、類のないほど衝撃的に出会う場である」という傑作です。言葉を換えて言えば、カトリックとプロテスタントのキリスト教統一を音楽において果たしたと言えるのかも知れません。何度聴いても、偉大な作曲家の信仰の精神が生んだ珠玉の名作であると認めざるを得ません。

モーツァルトの天啓の賜物

モーツアルト肖像画
Wolfgang Amadeus Mozart
肖像画 (1782)

バッハに較べると、モーツァルトのミサ曲は、僅かに20曲という数ですが、見逃すことのできないモーツァルトの音楽世界がそこには広がっています。1791年の8月、見知らぬ男がやってきて、「レクイエム」(死者のためのミサ曲)を作ってほしいと頼んでお金を渡しました。モーツァルトはその頃、体調を著しく崩していて、依頼された「レクイエム」※4を作曲して、彼自身が12月5日に他界しました。それはまるで自分自身のための「レクイエム」のようでした。

依頼者はフランツ・フォン・ヴァルゼック伯爵で、亡くなった妻の追悼のために「レクイエム」を依頼したということが現在では分かっています。レクイエムは死者のためのミサ曲で、死者の永遠の安息を願うものです。旧約聖書のエズラ記2章34〜35節にある記事から来るもので、魂を鎮める鎮魂歌の訳とは少しニュアンスの違う言葉がレクイエムです。正確には「安息歌」に近い言葉と言えます。「レクイエム」を聴いて分かるのですが、何か物悲しい、おどろおどろしい響きというものはほとんどありません。

モーツァルト音楽に見られるあの流麗華美の美しい曲調は「レクイエム」でも健在であり、ラテン語の歌詞には聖書の思想、特に、カトリックの煉獄(れんごく)思想が色濃く反映されていると見ることができますが、いずれにせよ、信仰の世界が見事に表現されています。それは天才音楽家モーツァルトの信仰世界であり、神のもとに頭を垂れる敬虔な魂が生み出した永遠の「レクイエム」であると言えます。

「レクイエム」で締めくくったモーツァルトの人生を神は嘉(よみ)しておられることでしょう。ほかに、「ミサ・ブレヴィス ハ長調『雀ミサ』」※5「ミサ曲 ハ長調『戴冠ミサ』」※6などの有名作品があります。

バロックと古典派に学ぶ

バロックのバッハ、古典派代表のモーツァルト。17世紀末葉から18世紀にかけて、キリスト教信仰の欧州大陸は、それ以降の400年歴史を左右する音楽原型を二人の天才によって掘り出しました。

信仰世界が特に強く現れるカンタータやミサ曲に絞ってバッハとモーツァルトを見ましたが、信仰が音楽となり、音楽が信仰に表現される相乗関係において、結局、平和と愛と喜びと幸福を音楽の世界に極めようとした大作曲家の姿をはっきりと認めることができたように思います。

21世紀の現代、人々は平和と愛と喜びと幸福をどこに求めるのでしょうか。もう一度、マルチン・ルターの「音楽は神からの賜物」という言葉を思い出し、音楽の中にある平和と愛をそれぞれの家族の中で存分に楽しむことにしたらいかがでしょうか。家庭に平和を作るのに音楽はきっと一役買ってくれるはずです。

文中で紹介されている曲は以下のサイトから聴くことができます。
 (クリックすると、別ウインドウまたはタブで外部サイトが開きます。)

  1. ヨハン・ゼバスティアン・バッハ カンタータ第147番『心と口と行いと生活で』
    J.S バッハ : カンタータ147番 『心と口と行いと生活で』 (J.S Bach : Herz und Mund und Tat und Leben BWV 147)
     http://www.youtube.com/watch?v=PVSue13CvU0
  2. ヨハン・ゼバスティアン・バッハ カンタータ第140番『目覚めよと、われらに呼ばわる物見らの声』
    J. S. Bach - Kantate "Wachet auf, ruft uns die Stimme", BWV 140 (Ton Koopman)
     http://www.youtube.com/watch?v=JCULWK4tNuc
  3. ヨハン・ゼバスティアン・バッハ ミサ曲 ロ短調 BWV232
    Bach Mass in B minor, BWV232 / Philippe Herreweghe Collegium Vocale Gent
     http://www.youtube.com/watch?v=t66oD-Y1GhA
  4. ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト レクイエム ニ短調
    モーツァルト 《レクイエム》全曲 カラヤン指揮/ベルリン・フィル(1961)
     http://www.youtube.com/watch/?v=qllREi8QMp4
  5. ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト ミサ曲 第8番 ハ長調『雀ミサ』
    Mozart - Missa Brevis in C, K. 220 [complete] (Spatzen)
     http://www.youtube.com/watch?v=XATBP_VWGoQ
  6. ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト ミサ曲 第14番 ハ長調『戴冠ミサ』
    W. AMADEUS MOZART-. MESSE DU COURONNEMENT KV.317 ut majeur
     http://www.youtube.com/watch?v=S-tfQv1i3z4