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福祉のこころ(21)

看護師 田中 幸代

共に育ち合う「幸せ」

私は20年以上、看護師として働いています。初めの数年は一般病棟の看護師として働き、その後、訪問看護の部門に移りました。その中で様々な家庭に出会わせていただきました。そして、介護保険制度が普及してからは、在宅の高齢者の相談業務に就きました。

相談用の電話が鳴ると、相談者のご自宅に訪問します。相談内容は、簡単に解決できるものもあれば、解決まで数年かかるような虐待事例など、根深い事例もたくさんあります。私は、このような多くの相談者の方々を通して、人間として育てて頂いたと感じています。

忘れることのない事例があります。民生委員からの相談で、58歳の女性Hさんが、同居の88歳のお姑さんを虐待しているとのことでした。

Hさんは、夫に先立たれて、パートで働いているとのことなので、夜訪問に行くと、ヘッドフォンでテレビを観ていました。大きなヘッドフォンは、お姑さんの訴えの声が聞こえないようにするために着けているのです。部屋には鍵がかけてあり、姑さんが自分で外に出られないようにしてありました。排泄は、おまるで、風呂には長期間入れてはいないのでしょう。四畳半のその部屋には、何とも言えない匂いが籠(こ)もっていました。

私は、Hさんに対して祈るような気持ちで対面し、Hさんの魂に向かって語りかけるように話しました。

「よく私達を家に入れてくれましたね。ありがとうございます。本当に今までよく頑張りましたね。でも、もう大丈夫ですよ」と。

その思いが通じたのか、それまでのお姑さんとの関係や、認知症になったお姑さんとどのように接していいかわからなくなって、彼女を部屋に閉じ込めて無視することになった経緯を話してくれました。

Hさんは、虐待をしたくてしているわけではないのです。我知らず行なってしまうのです。それを理解しようとしてくれる相手に出会ったとき、肩の荷をおろしたように、これまでの人生を、物語のように話してくれました。その話は、涙なしには聞くことができません。Hさんと一緒に泣きました。やがて、Hさんも、お姑さんとの関係を整理することができ、その後、義母は施設に入所されました。

福祉の仕事は、時として、まるで私達が何かをしてあげているように錯覚します。しかし、実際には利用者さんとの出会いを通して自分自身と向き合い、自分自身が育てられ、私がより良い人間になれるように指導してくれている、と感じています。何よりも、何か人の役にたっていると思えることは、生きていく上で、とっても嬉しいし、充実感があります。

最近、Hさんと8年ぶりに、駅前でバッタリ出会いました。

「田中さん。もうおばあちゃんは、死んじゃったのよ。あのとき、田中さんに『よく頑張った』って、言ってもらえて本当に救われたのよ。今は、民生委員の見守りネットワークの協力員をしているの。罪滅ぼしかしら……。でも今、幸せよ」

Hさんの充実した顔を見て私は泣いてしまいました。よく言われる「3K」って、本当は、「奇跡・感動・感謝」に違いないと確信しました。

私を育ててくれたHさんをはじめとするたくさんの利用者の方々、本当に有り難うございます。今、私は幸せです。