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春夏秋冬つれづれノート

ジャーナリスト 堀本和博

捨て身で人を救った行為を伝える報道に、強く心を揺さぶられた、その現場で

JRの中央線・八王子駅と京浜東北線・東神奈川駅を結ぶ横浜線は、かつて”絹の道”と呼ばれた浜街道に沿って走り、途中に東海道新幹線に乗り継ぐ新横浜駅もある。この横浜線に初めて乗り、新横浜駅から八王子方面に三つ目の中山駅で降りた。

横浜動物園ズーラシア行きバス乗り場のある駅南口に出て線路沿いの商店街を50メートルほど新横浜方面に行くと、川和踏切がある。この踏切で、1年前の10月1日に起きた事故は新聞などが大きく報じたから、覚えている方もいらっしゃろう。

踏切前で電車の通過を待つ父親運転の車の助手席にいた奈津恵さん(40)は、線路上で倒れていた男性(74)に気づいた。とっさに飛び出し、男性を助けようとして踏切内で電車にはねられて死亡したのである。その捨て身で人を救った行為を伝える報道に、強く心を揺さぶられたのを思い出す。

事故後には踏切脇に献花台が設けられ、人々が絶え間なく献花に訪れた現場は今は何もなかったように電車が行き来し、遮断機が上がると人と車が踏切を渡っている。奈津恵さんの行為は誰にでもできることではない。それだけに、平成19年2月に交番の警察官が踏切で自殺を図ろうとした女性を助けようと追い、平成13年1月にはJR山手線新大久保駅で線路に落ちた人を助けようとした日韓の男性2人が、線路内で亡くなった事故のことも思い出し、厳粛な気持ちにさせられるのである。

奈津恵さんの勇気を讃えても、翻(ひるがえ)ってとっさの場合に果たして自分に出来ることかを自らに問うと自信はない。事故翌日(10月2日)の読売夕刊コラム「読売寸評」は、奈津恵さんの父親の悲しみを察しつつ、詩人・吉野弘の「夕焼け」を捧げた。〈やさしい心の持主は いつでもどこでも われにもあらず受難者となる。 何故(なぜ)って やさしい心の持主は 他人のつらさを自分のつらさのように感じるから〉と崇高な行動を悼んだのである。

読売・編集委員の芥川喜好氏は解説面コラム「時の余白に」(昨年12月28日付)で「人間の気高さについて」考える中で、奈津恵さんのことを「身をなげうつ行為を無謀という人もいるかもしれない。しかし、他人のことなど眼中にない時代、目前で起きた人ごとに前後を考えずに突進した無謀はまさに『無私』であり、深いところで人間への信頼をつなぎ留めてくれたのだと思います。祈りをこめ、心からの『ありがとう』を言うほかありません」と感謝しているのである。

踏切現場でしばらく黙祷し、その気高い心を称え尊い死を悼んだ。