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世界の音楽と家庭 [23]

音楽評論家 吉川 鶴生

母親のようなチェロの存在

チェロが生み出す音楽世界

cello

クラシック音楽の歴史で、チェロが果たした役割を再確認してみたいと思います。ヴァイオリン属の楽器ですが、ヴァイオリンほど注目を浴びることはなかったにせよ、その響きは言い知れない魅力に富んでいます。楽器の特徴から低い音を出し、厚みのある音を増幅させるようにできています。音響のバランスを考えますと、高い音域を特徴とする楽器がある一方、低い音域を領分とする楽器があって当然ですが、まさにチェロはその一方をしっかりと受け持っています。

チェロを独奏部分に用いているチェロ協奏曲は名曲ぞろいの分野です。古くはバロックの時代から20世紀の現代に至るまで多くの傑作が残されています。ヴィヴァルディのチェロ協奏曲※1は、彼の他の作品でも特徴的なあの軽快で颯爽(さっそう)とした響きを聴かせてくれる一方、深く沈んだチェロ特有の独奏が陽と陰の組み合わせとして見事な調和を作り上げています。ハイドンやモーツァルトと同時代のボッケリーニにも多くのチェロ作品※2があり、名作が今日でもよく演奏されています。ウイーン、パリ、マドリッドとヨーロッパ中を旅して、当時の人々には人気がありました。優雅な曲調のなかにもメランコリックな響きが流れ、憂愁美麗の音楽を好む人にはぴったりの作品が勢揃いしています。

世紀最大のチェリスト

チェロ演奏が20世紀に大きく開花するその最大の功労者はスペインのパブロ・カザルスであると言ってよいでしょう。チェロの歴史は大きくはバロック・チェロとモダン・チェロの区別で語られることが多いのですが、チェロの近代奏法と言えば、カザルスの功績として認識されるのが一般的です。

そのカザルスの演奏で、バッハの「無伴奏チェロ組曲」※3を聴きますと、チェロそのものの存在感と音色を存分に楽しむことができます。協奏曲では他の楽器も加わっているのでチェロの個性を完全にとらえきるというわけにいかないのですが、無伴奏、すなわち、チェロの独奏ではチェロが完全にいい意味で自己主張を放っています。バッハの無伴奏チェロ組曲は6つの組曲がそれぞれ6曲編成でできていますから、曲数を単純計算すると6の6倍で36曲の総和を形成しており、各組曲、各曲が統一的なテーマを追求している感じがします。いずれにせよ、バッハのチェロ作品を現代に蘇らせたカザルスの偉業を称えたいと思います。

ハイドンもまた、優れたチェロ作品を残しています。バロックのバッハから古典派時代へと変遷するその過渡期に当たり、ハイドンの書いた「チェロ協奏曲第1番、第2番」※4はバロック的ないし古典派的というべき曲調で、特にソナタ形式の部分の疾走感と高揚感のある調べは聴いていてもすがすがしい気分になります。

チェロ作品の広がりと発展

ロマン派時代以降になりますと、チェロ協奏曲に多くの名作が誕生します。シューマンやサンサーンス、ドボルザーク、エルガーなど歴史に残る傑作を残していますが、ドボルザークの「チェロ協奏曲ロ短調作品104」※5のロマン的な香りは一幅の絵画以上に映画音楽のテーマ曲であると言えます。チェロの奏法も色々と広がりと発展を見せ、浪漫主義的な世界にもぴったりとマッチする奥行きのある楽器であることを見事にドボルザークは証明しました。

一方、イギリスのエルガーもまた、20世紀にはいって、その「チェロ協奏曲ホ短調」※6の作品の中において示したロマンの香りは、ドボルザークやシューマン同様に、チェロの世界がどれほどロマン性に富んでいるかを如実に実証してくれました。意外にも、と言っては何ですが、チェロは物悲しい哀愁と抑制された熱情を併せ持っているロマンの香りに満ちた楽器であるということが判明したわけです。

様々な表情を見せてくれるチェロは興味深く、かつ深みのある楽器です。ピアノや他の弦楽器とのコラボで生かされるチェロは一見、主人公になりにくく見えて、実は主人公扱いにされても立派にその存在感の輝きを放つ楽器です。

家庭の平和や幸福を考える時、チェロのような役割をする人間がいますと、とても安定します。でしゃばっているわけでもないのにしっかりと家庭全体を静かに背後で支えている人と言えば、それはまさに母親です。母親はチェロのように重みのある存在です。なくてはならない存在です。家庭の平和を握る鍵はチェロのような母親でしょう。

文中で紹介されている曲は以下のサイトから聴くことができます。
 (クリックすると、別ウインドウまたはタブで外部サイトが開きます。)

  1. アントニオ・ヴィヴァルディ チェロ協奏曲
    Vivaldi - Complete Cello Concertos, Raphael Wallfisch
     http://www.youtube.com/watch?v=-kgs3RmFVH8

    ※機関誌掲載時のリンク先が参照できなくなったため、URLを変更しました。
  2. ルイジ・ボッケリーニ チェロソナタ
    L. Boccherini: Complete Cello Sonatas − http://www.youtube.com/watch?v=maZhs5WUnyQ
  3. ヨハン・ゼバスティアン・バッハ 無伴奏チェロ組曲
    JOHANN SEBASTIAN BACH - THE COMPLETE CELLO SUITES COLLECTION
     http://www.youtube.com/watch?v=ZPFzg-fToKU

    ※機関誌掲載時のリンク先が参照できなくなったため、URLを変更しました。
  4. フランツ・ヨーゼフ・ハイドン チェロ協奏曲
    Maurice Gendron - Haydn, Cello Concertos in C & D
     http://www.youtube.com/watch?v=XwjZnZDpXSA
  5. アントニン・ドヴォルザーク チェロ協奏曲 ロ短調 作品104 (B.191)
    Dvorak-Cello Concerto in b minor Op. 104 (Complete)
     http://www.youtube.com/watch?v=gbbajuSywtk
  6. エドワード・エルガー チェロ協奏曲ホ短調作品85
    Jacqueline du Pre' - Elgar - Cello Concerto in E minor, Op 85
     http://www.youtube.com/watch?v=pOzatzJEnSo

    ※機関誌掲載時のリンク先が参照できなくなったため、URLを変更しました。