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福祉のこころ(23)

社会福祉士 添石 茂

イエス・キリストに見る「福祉のこころ」

社会的に弱い立場の人々に光が当たるようになったのは、長い歴史からすれば、つい最近のことに過ぎません。かいつまんで歴史を振り返ることで「福祉のこころ」を探ってみたいと思います。

紀元前、オリンピック発祥の地である古代ギリシャにおいて、障がい児は殺害されるべきとの法律がありました。ギリシャ哲学の三大偉人のひとりであるアリストテレスですら、著書『政治学』のなかでそうしたことを述べていたというのは実に驚きです。

その理由は、「障がいの血が国中に広がると困る」という考え方があったからでした。当時は、障がいが遺伝的な要素だと理解されていたのです。

事態は、古代ギリシャ時代の都市国家、スパルタにおいても同様でした。今でも「スパルタ教育」の名前は健在ですが、当時、強力な軍隊を持ち、その力で国家を維持しているスパルタにとって、障がい児は軍隊を弱体化させる存在と理解され、その親も一緒に殺害されていたのです。ギリシャと同じ「障がい観」が背景にありました。

「スリーハンドレッド」という映画がありました。2007年の上映で、300のスパルタ兵士が100万人のペルシャ軍と対等に戦うという、実際にあった戦闘を映画化したものです。紀元前480年、テルモピュライの戦いとして有名な戦争です。

多少の脚色はあるでしょうが、何と、300人のスパルタ兵士が100万人のペルシャ軍に立ち向かうのです。闘いの終盤、かろうじてペルシャ軍の進撃を食い止められそうになった時、スパルタ人の中から裏切り者が出てしまいました。スパルタ人しか知らない裏道をペルシャ軍に教えたのです。その結果、戦況がペルシャ軍優勢に傾くのです。

その裏切り者とは、障がい者でした。障がいのある自分を受け容れてくれなかったスパルタに対して復讐の機会を狙っていて、それを果たしたのです。実際は、障がい児は殺害されていて、大人にはなれなかったはずですが、映画ではそうしたストーリーになっていました。

社会的な弱者に対する状況は、時代が下ってローマ時代にも大きな変化はありませんでした。

しかし、イエスの教えが広がることによって、ヨーロッパにも、弱者を救済するという思想が芽生えるのでした。障がい児にも人間として生活できる可能性がでてきたのです。

イエスは社会的弱者のみを救済するために来られたわけではありませんが、新約聖書を見ると、イエスは多くの愛の言葉を語り、救いの業を行っています。

洗礼ヨハネが彼の弟子をイエスのもとに送り、メシアとして「来たるべき方」はイエス自身なのか、他に誰かを待つべきかを問わせた時に、イエスは「目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、重い皮膚病を患っている人は清くなり、耳の聞こえない人は聞こえ……福音を告げ知らされている。」(ルカ7章22節)と答えたのでした。その後、それを弟子たちが引き継ぎ、教会や修道院が弱者救済の拠点となっていくのです。

イエスが群衆に説いた教え、例えば「山上の垂訓」(マタイ5章〜7章)などの精神の中にも、福祉を受ける者、施す者それぞれが心に留め置くべき「福祉のこころ」を見る思いがするのです。