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春夏秋冬つれづれノート

ジャーナリスト 堀本和博

年が改まるという一種の作法や「けじめ」のある正月を迎える風景

〈初暦知らぬ月日は美しく〉吉屋信子 〈初茜(はつあかね)してふるさとのやすけさよ〉木下夕爾

明けましておめでとうございます。初茜は、夜の暗がりが明けゆく東雲(しののめ)の空を初日の出に先がけて茜色に染め、元日の訪れを告げる。今年は干支(えと)の羊のように、穏やかな温かい年であってほしいものである。

新年を、正月を迎える風景は、最近はその「らしさ」が薄れてきたが、年が改まるという一種の「けじめ」がある。

門松

何かと慌ただしかった師走、年末も厳粛な除夜の鐘が鳴るのを境に、時間が停止したような静寂の世界に変わる。家の前には門松を飾り、国旗日の丸を立てる。正月三が日、たいていは店を閉め商売を休んだ。子供たちは凧(たこ)揚げや羽根つきで遊んだりはしても、家族で外へ出るのは初詣ぐらい。家の中では食事も雑煮とお節ですまし、家族でカルタや双六(すごろく)に興じたりはしても静かに過ごしたものである。

そんな3日間を静かに過ごすことでみそぎとし、すべてをリセットして、新年を新しい気持ちで駆け出す気力を漲(みなぎ)らせたことが懐かしい。それが今は便利になり過ぎた。コンビニは年中無休、デパートなども2日から福袋の大売出し。テレビはお正月から賑やかな特番で騒々しく、年初めの「けじめ」や区切りもどこかに吹っ飛んだ感じがする。

それでも、けじめをつける伝統は残っている。つい2、3日前に会っていても、年が明けて知り合いと会えば、改めて丁寧な年初のあいさつを交わす。人間同士が円滑な関係を続けるための作法と言えよう。

1年の初めは、新しい神を迎える時でもある。初詣する各地の神社では、年が立つ元日の午前零時に、若水奉奠(ほうてん)の正月行事が伝承されている。若水迎えとも言い、神官が神社境内の泉や井戸から汲み上げた神聖な水を神前に供えて1年の邪気を取り除く、とされて広まった。

年の初めに若水を神に捧げて、心身ともに清々しい生気にあふれて1年の出発をする。若水が、人間だけでなく国もまた強い生命力にあふれさせ、自由で平和な日本と世界を築く力となることを念じたい。

新年の恒例行事は、いつの時代にも変わることのない人類共通の願いが託されているのである。