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春夏秋冬つれづれノート

ジャーナリスト 堀本和博

東京駅と明治神宮の森からいま受ける恩恵に、先覚者の先見の明を称えたい

ただ流れるように時が過ぎていった年末年始にかけて、身近なところで〈国家百年の計〉の一つの結実を目撃できたことは、私にとっては感慨深いことであった。もともと〈国家百年の計〉は人を育てるという思想というのが語意だというが、今では人を育てること以外の計画のことも指す。ここで使うのは後者の意味である。

その一つは、東京駅開業100周年記念日の旧臘(きゅうろう)20日発売の記念Suica(スイカ)を求める人が駅に殺到して、発売が延期された騒動。東京駅の丸の内駅舎をあしらったデザインの美しすぎる出来栄えに人気が沸騰したものだが、騒動を通して改めて「東京駅100周年」がクローズアップされた。

東京駅

Suicaの絵柄もそうだが、開業時そのままに復元された、二つの巨大ドームをもつレンガ造りの駅舎は、100年の歴史を刻んだ荘厳さを湛(たた)えて美しい。ヨーロッパでは美術館のような建物の駅舎に魅せられることも少なくないが、東京駅はそれら以上の存在感を保っていて実に誇らしい。

第1次大戦が勃発した1914年に開業した東京駅は、新橋駅(1872年開業)と上野駅(1883年開業)を結ぶ鉄道網の中心となる「中央停車場」として構想された。当時の鉄道院総裁の後藤新平は、設計を依頼した辰野金吾に「世間をあっと驚かせるような建物を」と注文したことが伝えられる。それだけに完成時は「こんな広い不便なものを造ってどうするつもりか」という声も出たほど、広大な敷地に左右両翼335メートルもの長大な駅舎となった。駅周辺はまだ野原だったという。

だが、壮大な「中央停車場」構想でスタートした東京駅は、そのままの敷地で開業50周年の1964年には東海道新幹線開業を抱え込んだ。その後も東北、上越、今春の北陸など各新幹線の始発駅となって進化し続ける懐(ふところ)の深さ。日本の100年先を見据えて駅建設を進めた先覚者に、脱帽して敬意を表したい思いである。

もうひとつの100年の計の結実は今年、造成から100年となる東京都心・明治神宮の森である。1915年から荒れ地に人工的に植林された樹木は、全国から寄付された約10万本。神社に多い杉林にしないで、いろいろな木を植えた。これが100年の時の経過の中で、樹木も成長と自然淘汰され、当初の針葉樹優勢の林から次第にクスノキやイチイガシなど樫類の常緑樹主体の森に変貌してきたという。

緑が少なくなる冬の季節も、神宮の森は昔からあった自然のように豊かな緑が神宮を包む。その清浄な環境の恩恵に、これを手がけた先覚者の先見の明を称えたい。