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春夏秋冬つれづれノート

ジャーナリスト 堀本和博

東京湾に浮かぶゴミの島の上に植樹してできる「海の森公園」は未来に残す遺産

〈国家百年の計〉の一つとして前号では、東京駅開業と明治神宮の森植林スタートからそれぞれの100年について考えた。この考察を続けたい。当たり前のことではあるが、100年前にこれらのプロジェクトを構想し推し進めた人たち自身はいま、結実した文明の恩恵を目にしていない。ではその2世は、というと、おそらく恩恵は受けてはいまい。受けているとしたら3世と、今日ただ今生きている人たち、つまり私たちなのである。

この先覚者たちは、自らや息子、娘たちのためにプロジェクトに力を注いだのではない。たまたま100年後に生きている見ず知らずの日本人、私たちがその恩恵に与(あずか)れるために、彼らは精力を傾けたのである。だから、前号では、そうした先覚者に感謝を込めて「脱帽して敬意を表したい」「先見の明を称えたい」と記(しる)したのである。

同じことは、先の大戦で日本を守るために身命をなげうった人たちに対しても言える。今の日本で、私たちがそこそこの文化生活を享受できているのも、先人たちの「利他の精神」のお陰だと言えるのではなかろうか。

そこで、私たちも考えなければならない。未来の人たちに、目の前のことではなく50年、100年のちに生きる人々に恩恵となる何を残すのか。と考えるなら、清浄な自然環境というのも一つの答えであろう。

明治神宮の森は、荒れ地の原っぱに全国から寄付された約10万本の苗木を植林してできた。構想当初は、昔からの自然の森のようになるまでに約150年かかると見られたが、うれしい誤算で100年で常緑樹のクスノキや樫類などが主体の緑豊かな森となった。

東日本大地震と大津波の被災地では復興支援に、失われた海岸防災林の再生(宮城・名取市)に取り組む公益法人やボランティアらの活動、かきの養殖産地(宮城・気仙沼市)では自然の雄大な循環に目を向け〈森にあって海を、海にあって森を〉とNPO法人などによる森づくり事業(植樹祭)が、新聞などで報じられている。

東京では、ゴミ最終処分場(1957年〜67年)の東京湾埋立地(約43万平方メートル)に植林などしてできた、陸上競技場もある夢の島公園(78年開園、江東区夢の島)がある。「海の森公園」(江東区青海3丁目先「中央防波堤内側埋立地内」)は、東京湾に浮かぶゴミの島(1973〜87年までのゴミ1230万トン)の上に植樹して日比谷公園の5.5倍の海上公園にする大胆なプロジェクトだ。都庁が音頭をとり、企業やNPO法人などが協力して行う植樹まつり(植林活動)は8年目となる今年春と秋の苗植えを最後に完了し、来年に一部開園。2020年東京五輪では競技会場の一つとなる。私も昨年秋の植樹まつりに参加NPOメンバーとして初めて加わったが、未来に遺産を残す清々しい貴重な体験であった。