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春夏秋冬つれづれノート

ジャーナリスト 堀本和博

芭蕉も旅立った「おくのほそ道」の5月に東京・深川で念願の芭蕉史跡めぐり

さわやかな風がほおをなで、野山を蔽(おお)う青々とした新緑が眼にしみいる気持ちいい季節がやってきた。5月。二十四節気の立夏は6日、小満(しょうまん)は21日。しだいに夏めいてくる五月晴れの空の下で、人や動物、花や草や木もはつらつと顔をかがやかせるとき。鯉のぼりに心躍らせ、ハイキングに野外スポーツ、旅・レジャーなど野外に足を伸ばし活動する季節である。

五月晴れ—と書いたが、同じ五月を冠した言葉に芭蕉の〈五月雨をあつめて早し最上川〉の句にみる五月雨(さみだれ)や、五月雲(さつきぐも)、五月闇(さつきやみ)もある。昔は梅雨のことを五月雨と呼んでいた。旧暦の5月(今の6月に当たる)に降る雨だからで、この時期のどんよりした雨雲を五月雲、月の出ない闇夜を五月闇と呼んだ。

もともと五月晴れは梅雨の合い間にふっと現われる抜けるような青空を言ったのだが、今では五月晴れだけは新暦5月のさわやかな晴れのことを、そうと呼ぶのである。

「月日は百代(はくたい)の過客(かかく)にして行(ゆき)かふ年も又旅人也(なり)」で始まる俳聖・松尾芭蕉(紀行文『おくのほそ道』)の奥州・北陸への旅立ちは、元禄2年(1689年)3月27日(旧暦)で、今の5月16日に当たる。芭蕉がこの日に、江戸・深川の庵(いおり)を出発したのにちなんで、この日が「旅の日」とされている。

深川は当時、府内から隅田川を東に渡った江戸郊外だったが、芭蕉は3回ここを居とするなどその因縁は深く”ゆかりの地”と言っていい。周辺にはそうした史跡や芭蕉記念館(東京・江東区常盤一)などがあり、私もようやく念願の史跡めぐりができたのは昨年5月8日のことである。記念館は芭蕉の生涯の展示もいいが、句に詠まれた草や木を植え、池を配した外の和風庭園がそのまま芭蕉ワールドのイメージ空間となり興味深かった。

記念館近くにある芭蕉稲荷神社のあたりは、当時の隅田川と小名木川(行徳の塩を江戸に運ぶ運河)が合流するところで、ここに芭蕉庵があった。少し離れた今の両川の合流地点にある芭蕉庵史跡展望庭園には芭蕉坐像があり、ここから眺める隅田川の橋の中で最も美しい清洲橋や四季折々の水辺の風景も楽しく飽きない。

ここから南東へ清澄公園の先へ15分ほど、海辺橋南詰めにある採茶(さいと)庵跡は芭蕉の門人杉山杉風の別荘。芭蕉はここから舟に乗り〈おくのほそ道〉に旅立ったのである。

〈草の戸も住み替る代(よ)ぞひなの家〉芭蕉