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世界の芸術と家庭 [10]

岸田 泰雅

優美な貴族精神で家族を描く

動物画家の家族を描いた肖像

家族の肖像

アンソニー・ヴァン・ダイク(1599−1641)は、17世紀のバロック芸術を担った著名な画家で、出身のフランドル(ベルギー、オランダ、フランス北部の地域)はバロック芸術家たちを多く輩出させたところである。アンソニー・ヴァン・ダイクが描いた油彩画の中に「家族の肖像」(エルミタージュ美術館蔵、1621年ごろの作)があるが、これはアンソニー自身の家族ではなく、友人の動物画家フランス・スナイデルスの家族、つまり、画家とその妻、そして子供の3人を描いたものである。

「家族の肖像」として描かれたスナイデルスはピーター・ブリューゲルの弟子で、優れた動物画を数多く残している。アンソニー・ヴァン・ダイクはこの動物画家と親しい友人関係にあり、スナイデルス一家の肖像を幾つか描いた。

貴族的な装いをしたスナイデルス夫婦と彼らの子供を見ると、夫婦の表情には非常に誠実で勤勉な雰囲気が漂っており、また、子供もしっかりとした顔立ちで、全体的に、きりっと引き締まった印象を与える家族の肖像である。若干、22歳のアンソニーが、精緻で高貴な筆致を細部に至るまで揮(ふる)っており、友人への尊敬と愛を表し、精魂を込めて描いた作品であると見ることができる。

スナイデルス夫婦は大いに気に入ってくれたことであろう。17世紀初めのフランドルの画家夫婦のくっきりとした表情は、時代を超えて、現代のわれわれに訴えかけてくる。その妻の声は「夫婦でしっかりと支えあって仲良く生きるのよ。喧嘩しちゃだめよ」と言っているかのようである。この肖像画の妻の表情は、どこかおっとりとした主人をしっかり支えている気丈で勝気な女性を感じさせる。

アンソニー・ヴァン・ダイクの活躍

アンソニー・ヴァン・ダイクは、その生涯において、故郷のフランドル、イタリア、イギリスの3箇所を舞台に活躍した当代随一の人気ある画家で、特に、イギリスのリチャード1世(在1625−1649)の頃の宮廷での活躍は特筆すべきものがある。

主に、華麗な肖像画を描く画家として、その名が知られているが、宗教画、歴史画などの方面にも幅広い画筆を揮った。リチャード 1世の寵愛(ちょうあい)を得て、英国宮廷で精力的に活躍した彼は、ほとんど貴族並みの待遇と生活を保障されたと言ってよい。彼自身、貴族趣味の化身で、特に、彼の身なりは優雅な貴族ファッションに包まれていた。そのことも手伝って、王室と取り巻きの貴族階級に受けがよく、肖像画の受注も多かった。実物以上によく描いてくれるという温かいサービス精神の御蔭で、アンソニーは、あちらこちらから肖像画の依頼を受けて、作品創造に魂を打ち込んだ。

アンソニーの作品は、ヨーロッパ各国ならびにアメリカの主要な美術館に例外なく収蔵されており、彼の人気の高さ、作品の多さに驚かされるのである。

欧州を席巻した政治と宗教の動乱期

リチャード1世は妻をフランスの王室から迎え、そのヘンリエッタ・マリアがカトリックであったため、王は議会としばしば対立する羽目に陥った。そういう状況の中、議会派と王党派の対立から、かの有名なイングランド内戦の、いわゆる「ピューリタン革命」へと内紛事態が発展し、最後には、王は1649年1月30日、公開処刑をもって、49年の生涯を閉じた。

アンソニー・ヴァン・ダイクがなぜリチャード1世の寵愛を受けたのか、その理由はいろいろあるだろうが、一つには、アンソニーがカトリック信仰を奉ずる人物であったことが間違いなく挙げられる。リチャード1世の肖像を40点、王妃ヘンリエッタ・マリアの肖像を30点も描いたアンソニーであるが、当時、ヨーロッパを風靡(ふうび)した宗教改革勢力を余り歓迎しない保守的な信仰姿勢を持つ王と王妃からすれば、アンソニーは心の許せる愛すべき画家であったことは確かであろう。

英国王室から絶大な信頼と金銭的保障を受け、さらにナイト爵と「サー」の称号まで頂いて貴族並みの扱いを受けたアンソニー・ヴァン・ダイク、友人のスナイデルスの家族の肖像をどこかの貴族かと思わせるほど華麗なタッチで描いたアンソニー・ヴァン・ダイク、彼こそは優美な貴族精神で家族の肖像画を描くという一大特色を持ち、そのように画業に精を出すことのできた数少ない画家の一人かもしれない。そう考えると、有名な美術館には彼の作品が必ず置いてあるというのもうなずけるような気がするのである。