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お日さまニコニコ毎日前進![9]

エッセイスト 櫻井 ひろみ

あばたもえくぼに見る男と女、今昔

「何年たっても好きでいられる男性が、ほかにいたのではと、後悔の気持ちが最近募ります。愛情が冷めたというだけで離婚するのは努力不足で軽率でしょうか」…某新聞の人生相談の一文に目が奪われて、思わず切り抜いてしまいました。

ある主婦からの投稿相談です。読者の皆様にも、この奥様のご主人がどんな方かご紹介しましょう。「ここ数年、夫の嫌な面ばかり目に付きます。玄関の靴をそろえない、服は脱ぎっぱなし、おなかは出てくる。好きという気持ちが全くなくなりました」と綴っていらっしゃいます。

ん〜!?こんな男性、周りにもたくさん見かけますけどね…。さらに「夫は仕事はまじめで育児にも協力的。子供たちからは好かれています」と…、結構、いいご主人に思えるのですが、ご当人は「ただ私の気持ちはすっかり冷めて、小言ばかり言っています」とご不満の様子。とにかく「愛情が冷めた」そうです。

そういえば思い出しました。かつて甲南大学文学部教授の上村くにこさんが、こんなことを雑誌に投稿していました。”ロマンチックラブ・イデオロギーは戦後日本に入りました。「恋愛=セックス=結婚=幸せ」の図式に従って、1960年代から70年代に、団塊の世代が恋愛結婚という壮大な実験をしました。当時は、見合いは「古い結婚」、恋愛は「新しい結婚」とされました。ですが、30年たった今、見事にその幻想が破れたと言えます。”

恋愛結婚が増えれば増えるほど、離婚も増えて、今や3組に1組が離婚する時代ですから、確かに「新しい結婚」は幸せ図式を破壊してしまったとも言えます。

さらに続けて語ります。”恋愛とは幻想です。恋は必ず冷めます。永遠に変わらない愛なんて嘘です。…だから成就した恋愛は最悪の失恋、結婚は穏やかな失恋です。結婚すれば見たくない日常も見える。毎日会っていれば謎は消え、ときめきは情に変わります。そして結局、恋を失う。恋愛の本質は失恋なのです。”

バッサリ!ですね。イヤ〜白旗を上げるしかありません。新しい図式を書けば「恋愛=セックス=結婚=幸せ=幻想=失恋=破局」ということで、恋愛は破局への序奏に酔いしれた状態ということでしょう。

新明解国語辞典には「恋愛」とは「特定の異性に特別の愛情をいだいて、二人だけで一緒に居たい、出来るなら合体したいという気持ちを持ちながら、それが、常にはかなえられないで、ひどく心を苦しめる(まれにかなえられて歓喜する)状態」と書いてあります。恋愛時代は「あばたもえくぼ」、そして結婚後は「えくぼもあばた」が待ち受けているということでしょう。

冒頭の人生相談のように、これといった特別な欠点をもったご主人でなくても、法則のように愛は冷めていくものなのでしょうか?歴史をたどれば、人生相談の回答者も時代と共に愛の悩み相談には随分、苦しめられているようです。

例えば夫の浮気に対して、1921年の回答は「まだまだ世の中には気の毒なつらい運命に泣いておる人もあるのですから、あなたは今までよりもっともっと誠意を持ってご主人にお仕えなさい」と、夫の浮気にも耐え忍ぶべき社会の風潮がそのまま回答になった形ですが、これが2013年になると「まず、夫への愛が自分にあるのかないのか、見極めて、あるのなら夫を取り戻しましょう。ないのなら、捨てましょう。もしくは、結婚していることのメリットを最大限に活用し、自分らしい人生へ旅立つ準備を始める時だわ、と考えることだってできるでしょう。」と、最後はメリット・デメリットからの判断がお薦めコースとなっています。

ここで、冒頭の相談に回答者がどのようにお応えになったかご紹介します。

”「愛情が冷めた」とあなたは言いますが、「恋愛感情が冷めた」だけなのだと思います。夫やお子さんに愛情を感じることは多々あるでしょう。恋は冷めたり色あせたりしますが、愛は形を変えて永遠に続くものです。家族愛に包まれている今の生活を大事にされることをお勧めします。”

痛快な締めのアドバイスです。「恋愛」と「愛情」をきっぱり棲み分けさせて、家族の中で育む「愛情」の大切さを短い文章で返信する回答者に”一票”を投じたいと思います。

好きという感情は、まさに恋愛バブル(?)期とも言えます。ビビッと体中に電流が走り、胸の鼓動もドキドキと激しくなり、ノンストップマラソンを走る状態になりますが、それも結婚まで。いつまでも恋愛感情にすがっているとバブル崩壊に直面するのです。それを考えれば、恋愛結婚よりも見合い結婚の方が離婚率がはるかに少ないことにも納得感を覚えます。

愛情は育てるもの。結婚後、愛の学校ともいえる家族の中で生涯をかけて愛情を育てる人生の選択は、”当たり”かもしれませんよ。「えくぼはえくぼ、あばたはあばた」とすみ分けることもお薦めです。