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ふるさとづくりのススメ 実践スローライフ〈3〉

ジャーナリスト 高嶋 久

妻の実家とは農作業と子供で付き合い

妻の実家近くに引っ越して一番喜んだのは、孫たちと頻繁に会えるようになった妻の両親です。農家なので、家庭を持ってから、農繁期にはほぼ毎年、農作業の手伝いに行っていました。農協に勤めている妻の弟が家を継いでいます。

結婚前に妻の父親に会って驚いたのは、戦前、満鉄に勤務していたことです。私の母の元夫も満鉄(南満州鉄道)勤務で、敗戦時にシベリアに渡り、行方不明になっていました。引き揚げて再婚し、私が生まれたのですが、そんなわけで結婚後、あいさつに訪れた母と共通の話題で話が弾んでいました。

もっとさかのぼると、駒ヶ根のある伊那谷には平家の落人伝説があります。歴史好きの叔父の説によると、香川の私の先祖は、屋島合戦にやってきた源義経の家来で、そのまま讃岐に居ついたらしく、源氏の末裔かも。妻との緊張が高まると、源平合戦の再来かなと思ったりします。

当時、農協は統合が盛んで、地元の組合長を経て香川信連の専務理事になっていた私のいとこは、その旗振り役の一人。農業関係者には全国的に名前が知られていたこともあり、彼が進めたカントリーエレベーターの整備や味の素と提携しての工業団地の創設、京都市場への野菜や肉のトラック出荷など、農協の近代化を話すと義父や弟に喜ばれました。

駒ヶ根市の名前は中央アルプスの木曽駒ヶ岳からきています。その駒ヶ岳は、山に積もった雪が馬(駒)に似ていることから付けられたそうです。冬は雪に覆われていた峰が、春になると少しずつ解け、雪の形が変化します。駒ヶ根では、駒ヶ岳の東斜面に、島田髪を結った女性の姿が現れると田植えをするなど、雪形を見ながら農作業してきた歴史があるのを義母から聞き、とても面白く思いました。

孫がかわいいのは説明を要しません。私の妻は両親に散々心配をかけたので、親子関係は少し難しかったのですが、子供たちがそんな過去を帳消しにしてくれました。子供同士、いとこたちとも仲良くなり、一緒に遊んでいるのを、両親は目を細めてながめていました。

オタマジャクシが泳ぐ水田を見ながら保育園に通ったせいか、三男は動物好きになりました。犬を飼い始め、私がデザイン事務所の友達からもらったヒョウモントカゲモドキを持って帰ると気に入り、次にはヘビを育てました。小学生になり、香川に引っ越してからは小鳥やニワトリまで飼い、中学、高校と剣道に熱中したため遅れた学力を予備校で取り戻し、獣医学科に入学して、無事、獣医になることができました。

家族の役割は命をつなぎ、次の世代を育てることだと、孫を持つ年齢になってつくづく思います。ふるさとの最大の役割も、新しい命を産み育てることにあるのでしょう。