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ふるさとづくりのススメ 実践スローライフ〈5〉

ジャーナリスト 高嶋 久

ふるさとの行事にも参加する

妻のふるさとの長野に移住したことで気になったのは、私の母のことです。父が55歳で亡くなってから、香川で独り暮らしを続けていました。近くの老人施設の寮母をしている間は、女性のたくましさを感じるほど同僚と旅行をしたり、働き詰めだった昔からは想像できない暮らしぶりで、退職してからは、家で手袋縫いの内職をしていました。

私は3人兄弟の末っ子で、上に姉と兄がいますが、父とは再婚同士の母の子供は私だけ、母はいずれ私が見なければと思っていました。私の家に遊びに来ると、しばらくは孫たちを相手に楽しんでいるのですが、3日もすると、「帰って草を抜かないと」と言いだしたりします。

そこで、妻の実家とのバランスを取るためにも、2カ月に1回ほど帰省することにしました。幸い、瀬戸大橋の開通により東京から香川への夜行バスが運行していたので、以後、愛用するようになります。帰省する日は、お祭りや清掃、運動会などの行事に合わせたので、ふるさとの人たちとも顔を合わすことになり、それが後にいい結果を生むことになりました。

田舎の自治会では年に数回、水路掃除や草刈りなどの行事があります。母は体力的にきつくなったので、それに合わせて帰るよう言ってくるようになりました。

水路掃除は田植えの時期に用水路を整備する、農村にとっては大切な作業です。今は溜池からパイプが通じているので、栓をひねれば水が出るのですが、以前は水路に堰をして田んぼに水を入れていました。わが家の55アールほどの田んぼは近所の農家に貸していましたが、作業は非農家の人も全員参加で、自治会の人たちとの交流の場にもなっています。草刈りのためには、母が要らなくなった草刈り機を近所からもらっていました。

秋の神社の祭りでは、当番になった自治会のやっこ行列に参加しました。旧町内の各戸を回り、賑やかに所作をして祭りを知らせるもので、昔の大名行列をまねたものです。私のほかにも、それに合わせて帰省する人もいました。後に、私がふるさとの自治会長になった時、やっこ当番の順だったので、この時の経験が生かされました。

振り返ってみると、40代は仕事で忙しいのですが、体力のあるうちに、ふるさとに時々帰るようにしておくことです。高齢化の進む田舎では若い労働力が貴重ですし、何より地元の人たちと顔なじみになることができます。また、昔は知らなかった、冠婚葬祭の時などの習慣や決まり事も、少しずつ分かってきます。

田舎暮らしの問題の一つは、近所付き合いで、これに苦労するのは主に妻ですが、男性も自治会活動に参加することで、存在を認められるようになります。その多くは体力勝負なので、元気なうちからふるさとの行事にかかわり続けることが大切です。