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ふるさとづくりのススメ 実践スローライフ〈7〉

ジャーナリスト 高嶋 久

ショートステイを利用しながら在宅介護

生活介護が必要になった母の部屋を、風呂とトイレが近い1階の和室に決め、ベッドを入れました。そうして在宅介護を始め、孫たちもなついていたので、母は楽しそうでした。しかし、次第に認知症の程度がひどくなり、孫たちも一緒にいるのを嫌がるようになってきました。

一番困ったのは妻で、認知症からくる不安からか、いつも妻の側を離れようとせず、依存を強めてきたからです。妻は老人の心理の本を読んだり、「ぼけ老人の家族の会」に出たりして、母との接し方を工夫していました。

私は時々車で母を連れ出し、伯母の家を訪ねたり、伯母と一緒に温泉に行ったりしていました。伯母は母と一番仲のいい姉で、2人でいるといつまでも楽しそうに話していたものです。

ところがある日、一緒に温泉に行っても、部屋に座っているだけで、温泉に入ろうとしないのです。話すこともないようで、2人で黙って座っていました。母より2歳年上の伯母にも認知症が始まっていたのです。

母に付きまとわれ妻が悲鳴を上げだしたので、近くにある介護老人保健施設と特別養護老人ホームでショートステイを利用することにしました。前者は病院が併設したもので、リハビリを目的に預かる施設です。脳内出血からほぼ1年後、母は次第に歩行が困難になり、体が左に傾くようになっていました。両施設とも最長2週間で、それを組み合わせながら、在宅介護の期間をできるだけ短くするようにしました。

介護は家族がするのが理想のようですが、認知症を発症したり、専門技術を要する段階になったりすると、やはり介護士などの力を借りるしかありません。子供ができるのは、母が知っている話をしながら、思い出を引き出すくらいです。母の人生を知らない介護士には、それはできませんので、家族と介護士が協力し合ってケアするのが一番だと思いました。

ところで、田舎では近所付き合いが大事です。私は高校までいたので無理なく溶け込めましたが、妻はいろいろ苦労したようです。自治会の中で近所の8軒ほどが班で、身近にお世話し合う関係です。冠婚葬祭の手伝いから慶事のお祝い、そのお返しなど習慣的にしていることを隣の婦人から教えてもらうのですが、あいまいだったり、人によって違ったりします。その他、ごみ当番や水路掃除、道路や土手の草刈りなど、主に力仕事や神社関係は私が担当しました。

妻が戸惑ったのは、仲良くなった婦人たちの一番の話題が、人の悪口だったこと。地域差、個人差もありますが、とかく世間は人の欠点を種に面白がるものです。亡くなった老婦人が「ご近所ほどありがたいものはないが、ご近所ほど厄介なものもない」と言っていました。それを踏まえてお付き合いするしかありません。これも慣れで、そのうち適度な距離感を取れるようになりました。