機関誌画像

親日・国際家庭インタビュー 〔19〕

大岡昭彦/姜順任(カンスンニム)さん

日韓を融合し理想的な文化を

日韓国旗

——家庭を持って感じたことは?

順任 1991年に来日し、茨城県で家庭を持って25年になります。私が31歳、主人が33歳でした。

日本の男性はあまり主張しない、自慢しないところがあります。主人は穏やかな人で、日本のことが何も分からない私を、あなたはできるからと認めてくれたのが嬉しかった。否定されたことはありません。

私は人前で話すのが苦手だったのですが、主人がいつも励ましてくれたので、次第に緊張しないで話せるようになりました。

——韓国人の女性と結婚して感じたことは?

昭彦 韓国人は家族をとても大事にします。家族の幸せなくして私の幸せはないという発想です。それに比べて日本人は、家族よりも職場のことを優先しようとしますね。個人よりも全体を大事にしないといけないという考えでしたので、食い違いもありました。

日本人は周りの目を気にして、人に悪く思われたくないという気持ちが強いですね。親からも、人に迷惑をかけるなと教えられましたから

順任 私は、人のために何ができるのか考えるように育てられました。徳島でいろいろな人と付き合いながら感じたのは、韓国は縦の文化で、日本は横の文化ではないかということです。韓国では親や祖先を大事にしますが、日本ではそれよりも世間の目を気にしますよね。

そんな日本に、韓国の伝統文化の良さを伝えたいという思いがあります。子供たちが小さいころ、主人の両親に韓国式の敬拝をしたら、とても喜んでくれました。

日本人がルールを守り、周りの人を大切にするのは素晴らしく、韓国人には少し欠けている点です。韓国と日本の文化を融合させたら、理想的な文化になると思います。

韓国語講座で基盤作り

——徳島に引っ越したのは?

昭彦 私の実家は香川ですが、仕事の都合で徳島に来ました。間もなく第2子を出産したのですが、知り合いがいないので病院に誰も見舞いに来ず、妻はすごく寂しい思いをしたそうです。

順任 そこで、私はこの地で信頼基盤を作りたいと決意したのです。

昭彦 妻はとても活動的で、人の3倍、4倍のことをしたいという人です。3年目に第3子が生まれた時には、たくさんの人が見舞いに来てくれて、すごいものだなと感心しました。最近は、年齢から無理ができないので、私はブレーキをかけるようにしています。

——基盤作りはどんなふうに?

順任 本当は家庭の大切さを伝えたいのですが、まずは朝市などでのキムチ販売から始めました。それで知り合いを作り、次に韓国料理とハングルの教室を始めました。すると、通訳や翻訳も頼まれるようになり、警察学校では10年以上、韓国語を教えています。知り合った課長さんにやってみないかと言われ、警察学校の初代韓国語講師になりました。県の観光協会では特別大使に任命され、韓国人向け観光コースの提案などもしています。

昭彦 不思議に妻を応援してくれる人が次々に現れるのです。料理店のオーナーに頼まれ、韓国料理店を開いたこともあります。

順任 毎年、韓国語講座の生徒たちと韓国の各道を旅行しています。日本語が通じないところばかりで、習った韓国語で買い物などしないといけません。自分たちの語学力が分かるので、とても好評ですよ。今年は5回目で、忠清南道に行きます。

2002年の日韓サッカーワールドカップの前、徳島新聞のカルチャーセンターに韓国語講師として売り込みに行ったら、韓国語講座がまだなくて、悔しい思いをしました。

冬ソナがNHKで放映された’04年から、韓国語を習いたい人が急増し、徳島新聞の無料コーナーに韓国語講座の案内を出すと、生徒が集まりました。熱心に教えたので口コミで広がり、忙しい時は1日5講座を持つようになりました。今は昼間2講座、夜自宅で1講座です。生徒の大半は女性ですよ。10年以上来ている人たちとは、何でも話せる信頼関係ができています。