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愛の知恵袋 98

家庭問題トータルカウンセラー 松本 雄司

大きく考え、小さく始める

何から始めたらよいのかわからない…

ある60代のご夫婦から相談を受けた時のことです。

「私たちも、今まで仕事と子育てで精いっぱいでした。今でも決して暮らしに余裕があるわけではありません。ただ、『自分のためにだけ生きて終わった…』という人生では申し訳ないので、『何かこの国のためになること、社会のお役に立てることをしたい』という気持ちがあります。でも、実際に何をやれば良いのか、どこから手を付けたらよいのか、それがつかめずに困っています。何かよいアドバイスがあったらお願いします」ということでした。

ご夫婦の誠実な人柄、そして、何とか人のために生きようとしておられる姿に、私も思わずさわやかな気持ちになれました。そしてまた、その悩みにはとても共感できました。というのも、私自身が以前に全く同じような壁にぶつかって悩んだことがあったからです。そこで私は、ある人物のことをお話ししました。

貧困層の生活改善のために…ムハマド・ユヌス

ムハマド・ユヌス氏は、バングラデシュの南部のチッタゴンの出身。ダッカ大学卒業後、アメリカのヴァンダービルト大学で学んだ経済学者で、実業家でもあります。

1971年のバングラデシュ独立の翌年、祖国に帰国してチッタゴン大学の経済学部長になりました。バングラデシュの人口は1億5千万人もいますが、アジアで最も貧しい国です。彼の胸の中には、国民の悲惨な暮らしを何とか改善したいという思いがありました。

1974年に大きな飢饉があったとき、42の家族にごく小額のお金を貸してあげたのが最初のきっかけになりました。彼は困窮している人たちの自立を助けるために、76年から大学周辺の村人たちに小額を低金利で貸してあげる事業を始めました。

人々はそれを元手に小規模な商売を始めたり、子供を学校に通わせたりすることができました。この成功をもとに”グラミン銀行”(村の銀行の意)が出発しました。

グラミン銀行は地方農村部にどんどん広がっていき、2009年には、8万4千の村に支部ができ、2万3千人以上の従業員が働く事業体にまで成長しました。

借り手は一般の商業銀行からは貸してもらえない貧困層の人達であり、97%が女性です。わずか数千円の融資です。銀行と借り手の間に契約書はなく、信頼関係で貸しています。しかし、彼女たちは誠実に返そうと努力します。この事業の普及に伴い、農民をはじめ多くの貧困層が、1日3食食べられるようになり、清潔な水を飲み、トイレがあって雨漏りしない家屋に住むことができ、子供が学校に通えるようになってきました。

この運動は、貧困に悩む国々に大きな希望を与え、今では世界40か国以上で類似のプロジェクトが実施されるまでに発展しています。

これらの功績が認められて、2006年、ムハマド・ユヌス氏とグラミン銀行に対して、ノーベル平和賞が授与されました。

大きく考え、小さなことから始める

「大きく考え、小さなことから始める」…ムハマド・ユヌス氏の有名な言葉です。

この言葉は、夢をもって実業家を目指す人々にとって非常に示唆に富む言葉です。

また、「社会のために」「世界のために」という気持ちで、何らかの社会改革や奉仕活動を目指す人たちにとっても、とても参考になる言葉だと思います。

理想は大きければ大きいほど良いのです。しかし、「何から手を付けてよいかわからないままに、時間だけが過ぎていく…」というジレンマに陥ることもあります。

世界の救済も、国の復興も、「自分にできる方法で、目の前の一人の人を助けることから始めれば良いのだ」ということです。そして、そのような精神で活動する仲間が、10人、100人と増えていけば、やがて、大きなうねりとなって広がっていき、世界を変える力になっていくのです。

私自身のささやかな体験を話せば、「毎年何10万組というカップルが結婚しているが、3分の1以上の夫婦が葛藤し離婚している」という日本の実情を知ったとき衝撃を受けました。「何とか家庭崩壊の悲劇を減らしたい!」という気持ちから家族関係学についての研究を始め、家庭再建運動を模索しましたが、途中で様々な壁にぶつかり、どうすればよいかわからず、自分の無力さに悩んだ時期がありました。

そんな時、「大きく考え、小さなことから始めなさい」というムハマド・ユヌス氏の言葉に光を与えられ、とにかく周りにいる人達からなんでも相談を受けることから始めました。それがだんだん発展して、カウンセリングの依頼が増えるようになり、相談室を開設し、本を発行したり、講演やセミナーをしたりすることができるようになりました。まさに、この言葉は私にとっても大きな道標(みちしるべ)になってくれたのです。