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世界の芸術と家庭 [23]

岸田 泰雅

「母子」に永遠の輝きを与える

ドガの絵画に触発された女流画家

メアリー・カサット(1844—1926)というアメリカの女流画家がいる。彼女は、母と子の絆を描き続けた画家として有名であるが、彼女の作品は近年ますますその評価を高めている。19世紀までの欧米の画壇は、女性の参入を許さない、あるいは女性が絵など描くものではないといった頑迷固陋(ころう)な雰囲気がありありと存在していたのであったが、そのような女性蔑視の雰囲気をものともせずに絵筆を取った人物こそ、メアリー・カサットであった。20世紀に入って、婦人参政権運動が欧米で高まりを見せ始めると、カサットは率先してこの運動を支援し、女性の政治参加の道を開くために尽力した。

カサットに決定的な影響を与えた画家は、踊り子の画を多く遺してくれたフランスのドガである。ドガの絵を見ると、まるで自分が踊り子のすぐそばにいてバレーシューズを履いている踊り子をじっと見ているような錯覚に陥るほど自然に描かれている。この「自然に描く」という手法が、カサットはとても気に入った。以来、ドガを手本にカサットは印象派の画風に乗った作品を描くようになる。アメリカからフランスへ渡り、フランス国籍を取るまでになったカサットは、ドガを意識して生涯を送るが、一方のドガもカサットのことを片時も忘れなかった。二人とも生涯、独身を通したが、メアリーは死の間際、ドガの手紙をすべて焼き捨てたことを見ると、見られるとまずいことでもあったのか、推測の域を出ないが、二人の間に恋愛感情がなかったとは言い切れない。

母の愛撫

50代の頃から、カサットは「母と子」を題材にした作品を頻繁に描くようになった。彼女の母がいつも見守り支えてくれたその愛情もあって、カサットにとって「母と子」というテーマは、彼女自身と彼女の母との深い絆に通じるものであった。「母の愛撫」(1896年、フィラデルフィア美術館蔵)と題する画を見ると、母の頬を掴む幼い女の子とその女の子の手をぎゅっと握っている母の姿が、ドガ流に、見たまま、感傷に溺れることなく、まさに自然に描かれているという感じである。不思議に、見ていて全く飽きない画である。それは、母親の顔をじっと見入っている女の子の表情にあるのかもしれない。

家族愛に生きた生涯

1877年、カサットが33歳のとき、両親と姉がフランスへ引っ越してきたことから、この3人の家族の面倒を見ざるを得なくなり、絵筆を取る時間がほとんどなくなってしまったのである。カサットは、腎炎を患っていた姉のリディアの面倒をよくみたが、1882年、姉はこの世を去った。姉の死はカサットにとって余りにもショックで、彼女は全く絵筆を取ることができない状態がしばらく続いた。母親のキャサリンも健康がすぐれなかったが、メアリーのお陰で、何とか持ち直した。こういう献身的な姿を見ると、カサットがいかに家族思いであったかが分かる。

カサットの生きざまは、一見、女権主義者(フェミニスト)のようであると思う人もあるだろうが、決して家族や家庭を否定するような思想は持っていない。むしろ家族愛を大切に考える女性であり、その作品群に見られる母と子の絆を描いた世界は、非常に素晴らしいものであると感嘆せざるを得ない。近年、彼女の作品に何億円もの値段が付けられるようになったのも、人々が彼女の作品の真価を認めるようになった証拠である。

自然な母と子の愛の姿

とにかく、カサットの「母と子」に関するモチーフの作品群は、どれもこれも驚くほど秀逸であると言わざるを得ない。その理由は何であろうか。対象を「自然に見たまま描く」というドガの精神が、彼女に影響を与えたのは事実であるとしても、彼女の作品制作の基礎には、素描の正確さがある。これが大きな武器となっていることは確かである。それに加えて、母子を見つめるカサットの視点の優しさと温かさが、彼女の作品を押し上げる効果を生んでいると思われる。母子をつなぐ不動の絆、永遠なる愛の絆は、母子の姿に対するカサットの温柔優美な視点が生み出したものである。決して誇張して描かれているわけでもなく、自然体で筆を進めた結果としての作品が、人々を大いに引き付けるというのは、一体、どうしてなのか。母子の間には、いかなる偽りも入らない。いかなる作為もない。母子の愛は自然そのものである。母子の愛は飾る必要もなく、飾られる必要もなく、自然な愛である。どのような人為的な要素も要らない。変化球の要らない直球の世界である。愛を与える母と愛を受け取る子、それだけである。これが自然という意味の正体である。メアリー・カサットは母子というモチーフに永遠の輝きを与えた女流画家なのである。