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ふるさとづくりのススメ 実践スローライフ〈8〉

ジャーナリスト 高嶋 久

集団営農に参加し地域の農業を守る

私の集落は平野の中にある丘のような独立山の南側にある36軒。高校時代の昭和40年代初めまではほとんどが兼業農家で、わが家にも55アールの田んぼがありました。

生家に引っ越してみると、田んぼと牛舎は近所の農家に貸していました。その農家から、「帰ったのなら自分で作れば」と言われ、3年間米作りをしました。

父の死後、約20年たっているので、農機具はなく、すべて借りて、田植えや収穫は農家に委託。自分でやってみて、農業が経済的にいかに厳しいかよく分かりました。

香川に引っ越してからは月2〜3回、東京のワンルームと往復しながら、従来の編集・執筆の仕事を続けました。米作は農繁期だけ作業すればいいので、その点は助かります。家計的には、都会で稼いで田舎で使うということです。

当時、後継者不足などから自治会で集団営農が始まっていたので私も加わり、その流れで、農水省の方針に沿い農事組合法人の設立に参加しました。田んぼを提供して出資金を出し、理事を選出して法人として経営します。集まったのは20軒、20ヘクタールほどで、米、麦、大豆を作ります。

会社よりは緩やかな法人ですが、収支報告をして、税金を納めます。国としては、税金を取れる組織にして、補助金を出すのです。決算を見ると、収入の3〜5割は補助金で、国の政策に沿った生産をすることになります。

設立から10年で、耕作面積は約25ヘクタールに増えましたが、働き手は7〜8人のまま。ほぼ半分しか手伝わない私も貴重な労働力なのです。よかったのは、おしゃべりしながらの共同作業なので、地域の事情がよく分かったことと、昔、一緒に田植えをしていたころのような連帯感が生まれてきたことです。地域では唯一の事業体なので、文化祭にうどんの出店を頼まれたりします。県内外の研修で先進的な事例を見学し、慰安旅行で親睦を深めています。

4月半ばからコシヒカリを植え、5月にヒノヒカリ、6月に「さぬきよいまい」という酒米を植えます。その間、6月にうどん用の小麦「さぬきの夢2009」と裸麦を収穫します。7月に大豆をまき、8月末から10月末まで順次、米を刈り取り、11月下旬から小麦と裸麦をまきます。それを田んぼを変えながら繰り返すのです。

毎月の理事会で作業計画を相談し、3月には決算報告と総会を開きます。今のところ赤字は1年だけの健全経営。専従者を雇うほどの作業量ではないので、人件費はパート計算で、私の場合は年間約400時間、約50日の労働です。農作業があると、昼間は田んぼに出かけ、夜は早めに就寝し、早朝にパソコンに向かうという暮らしのリズムになりました。