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親日・国際家庭インタビュー 〔24〕

中村 淳さん

世界の人と「心の繋がった家族」に

日伯国旗

——スイスで暮らすようになったのは?

妻とは1992年に出会い、99年に結婚しました。現在、子供が4人いてチューリッヒ市に住んでいます。日本での入籍直後、義姉の重病が判明し、妻はすぐさまスイスに戻りました。私も身辺整理をしてスイスへ。ところが預けた荷物がチューリッヒの空港に届いておらず、結局「紛失」ということでした。手元に残されたものは、妻の家族へのプレゼントと辞書のみ。何もない中で妻の家族の助けを借りながらのスイス生活の始まりでした。

そんな中、スイスと日本のどちらで最終的に家庭を築いていくかを考えました。妻の家族やその他の人々と過ごしていく中で、スイス人が配偶者や家族との時間を大切にしていること、現地の子供たちが国際的な環境の中で型にはまらずに伸び伸びと成長していることを感じ、スイスで暮らす決心をしました。

国際色豊かな日常

——スイスについてご紹介ください。

ユングフラウ

スイスは経済水準も高く、国民の幸福度も世界トップクラス。都市に住んでいても自然はすぐ手に届くところにあります。壮大なアルプスや手入れの行き届いた森林・牧草地、放牧されている牛や羊たちと触れ合う中で、自然との関わりを肌で感じることができます。スイスは小さいながら連邦国家です。言語も独語、仏語、伊語、ロマンシュ語に分かれ、州によって文化、宗教、中心産業などが異なります。移民も多いので、日本人が一般的に思い浮かべるスイスのイメージとは別の世界が広がっています。チューリッヒは商業都市なので、保守的・閉鎖的な田舎と違って国際色豊かです。例えば、学校の授業参観日に子供たちの教室に入ると、白人、黒人、アジア系、さまざまなハーフの子たちがいて、「ここはどこの国?」と思ってしまうほどです。

スイスの人は他人に強く干渉することも少なく、個人の自由を重んじます。職場でも定時に退社して、プライベートや家族との時間を優先するなど、日本人とは感覚が随分、違います。また、比較的ストレートに自分の言いたいことを表現しますね。

また「自己責任」ということも一つの違いかと思います。例えば、駅には改札がありません。もちろん切符を買って電車に乗りますが、もし無賃乗車が見つかれば、多額の罰金に個人情報の登録となります。スキー場や山登りでも、「ここから落ちたら大変なことになるなぁ」と思えるような場所がたいした安全柵も敷設されることなくそのままにしてあります。結局は自己責任でことをなしてくださいということだと思います。

——ご家族についてお話しください。

妻の実家は元々、さまざまな国を旅していたそうで、亡くなった義父は4か国語を話せたり、義母は日本人と文通をした経験があったりと、海外に対してオープンな家庭です。そのせいか、義姉や義弟の家族が集まると白人、黒人、アジア人が席を共にすることになり、ちょっとした世界の縮図です。結局は人種や国が問題ではなく、いかに心がつながるかが大切だと考えさせられます。

国を誇り、国を超えて生きる子に

——子育てを通じて感じることは?

日本とスイスの良い点を取り入れようとしてきました。例えば、こちらの人は赤ちゃんをベビーベッドで寝かせ、両親は離れたところで休みます。ところが妻は、「日本のように赤ちゃんと添い寝したい」と全員といつも添い寝をして幼い時を過ごしました。そのため寝不足になってしまうこともありましたが、こうした努力もあってか、妻と子供たちの情の関係は深いものがあると感じます。大きくなった今でも、「きょうはお母さんと一緒に寝たい!」とねだることもあるぐらいです。

私にとってこちらの習慣は刺激的です。私が妻を初めて親に紹介した時のことでした。みんなで食事をして自分が親と別れを告げる時に、お互い一礼してさようならを言いました。ところが妻にとってはそれは大きなショックだったようです。「頻繁に会えるわけでもないのに、どうしてハグしなかったの?」と言われてしまいました。こちらに来て、そ理由がよく分かりました。こちらでは家族でのハグは本当に日常茶飯事。西洋のスキンシップの習慣を心底感じました。子供たちとは、ハグや抱っこを通して多くのスキンシップを取ってきました。そして外面的なスキンシップから、内面的な寄り添いにつなげていけるように思います。

子供たちは、両親の国のことを誇りに思ってくれています。異なった国でも両親同様、愛する国であり、昨年のオリンピックでも、スイスの選手が出ればスイスを、日本人の選手が出れば日本を家族全員で応援しました。また、自分でネットの動画を見て日本語を少し覚えたり、お土産で日本のものを買ったり、彼らなりに国を愛する心を感じます。そういった意味で、子供たちにとって二つの国と接することは父親や母親と接するのと同じ感覚なのかなと感じさせられます。

こうした環境を土台に、将来、子供たちが国の枠を超えて、世界で生きていける、多くの人と共にさまざまなことを分かち合える人間に育ってくれたらと思います。しかし、人生の選択は彼らがなすもの。そのための材料を今の環境の中でどれだけ彼らに与えることができるかということをいつも考えています。

また、近所や親戚の子供たちが、うちに遊びに来たり泊まりに来たりすることも多く、週末には子供の数が倍以上になったりすることもあります。時として国外から、知人が訪れてくれることもあります。そうした中で、家族のように食事を共にし、会話を交わすことができるようにと思っています。血のつながった家族だけでなく、心のつながった家族が増えることは、とても素敵じゃないかなと感じています。