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春夏秋冬つれづれノート

ジャーナリスト 堀本和博

朗報!蛍の季節の今月は北の丸公園お濠端で皇居ホタルの乱舞が楽しめそう

〈生れいでて命みじかしみづうみの水にうつろふ蛍の光〉 島木赤彦

二十四節気の芒種(5日)の次候は「腐草(ふそう)蛍と為(な)る」(およそ10日から15日)で、蛍が明かりをともし、飛び交うころを言い、昔の人は、腐った草が生まれ変わって蛍になると信じたそうである。

6月は蛍の季節である。幻想的な光の乱舞で魅せる可憐(かれん)な蛍の登場は、うっとおしい梅雨の夏の夜を趣きの深いものにしてくれる。ひとときの幽玄の世界に誘(いざな)ってくれる小さな蛍には、美しい物語が大きく広がり、短歌などの文学作品で詠われてきた。

明治の歌人・窪田空穂(うつぼ)に〈其子等(そのこら)に捕(とら)へられむと母が魂(たま)蛍と成りて夜を来たるらし〉の歌がある。二人の幼子を残して妻が亡くなった。子供たちを蛍狩りにつれて行った夫は、小さな小さな柔らかな光が点滅したり、尾を引いて曲線を描いて舞う蛍を見て、亡き妻を思った。蛍に姿を変えた妻が、あの世から来て子供たちを慰めているのを詠んだのである。

清少納言の『枕草子』は「夏は夜。月のころはさらなり」の一節に続いて、夏の月のない闇夜に光の舞を舞う蛍もまたいいと愛でてこう語っている。

「闇もなほ蛍のおほく飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかしと。

登山家で現代俳人の福田蓼汀(りょうてい)に〈螢(ほうたる)を頒(わか)つ宝石を頒つごと〉と詠んだ美しい句がある。少年の掌(てのひら)の中で明滅する黄緑の光。その蛍を少女、あるいは別の少年の手の中へ移す情景を描いたものだが、蛍を宝石に例えたところが何とも美しい響きを奏でている。

4年前の6月に、東京・板橋区ホタル生態環境館で年に1回、週末3日間限定で行われたホタル夜間特別公開を観賞し、その幻想的な幽玄の世界に感嘆したことは前に本欄で書いた。特別公開は環境館廃止という区の愚政で、それが最後となってしまった。

何とも心残りだったが、ところ代わって環境省が今春、人工繁殖させた蛍の幼虫約3千匹を皇居隣りの北の丸公園の池に放流した。順調にいけば今月、お濠端で皇居ホタル狩りが楽しめそうというのである(読売新聞5月2日夕刊)。