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日本人のこころ〈8〉

ジャーナリスト 高嶋 久

出雲——『古事記』(4)大国主の成長物語

因幡の白兎

高天原から出雲に天下りし、ヤマタノオロチを退治してクシナダヒメをめとったスサノオは、出雲の根の堅州国(かたすくに)にある須賀(すが)の地(島根県安来市)へ行き、留まります。スサノオの6世の孫とされるのがオオクニヌシ(大国主)です。大国主には大己貴神(オオナムチ)など5つの名前があり、複数の神々を習合したものともされています。

大国主の神話では、因幡(いなば)の白兎、根の国訪問、国づくり、国譲りなどがよく知られています。これらは神話によくある英雄の成長物語と言えます。これは、大国主の国づくりの前に、他の兄弟神をさしおいて大国主が国を持つようになった理由を説明する一連の話の一部です。

オオナムチには80あまりの異母兄弟がいました。兄弟たちはみな稲羽のヤガミヒメを妻にめとりたいと思い、稲羽の国に出かけていきました。兄弟たちはオオナムチに袋を背負わせ、従者のように引き連れていったのです。

気多(けた)の岬を通りがかったとき、皮をはがれた赤裸のウサギが倒れていました。それを見た兄弟たちは、「海の塩水を浴び、山の頂きで、強い風と日光に当たり、横になっているといい」と教えます。

ウサギがそのとおりにしたところ、塩が乾くにつれ、体中の皮がことごとく裂けてしまいました。最後に通りかかったオオナムチは、痛みに苦しみ泣いているウサギを見つけ、「なぜ泣いているのか」と聞きました。するとウサギは、身の上話を語ります。

「私は隠岐の島からこの地に渡ろうと思いましたが、渡る手段がありません。そこでワニザメをだまして、『私とあなたたち一族のどちらが多いか数えよう。出来るだけ同族を集めて、この島から気多の前まで並んでくれたら、私がその上を踏んで走りながら数えよう』と誘ったのです。

すると、ワニザメが海に列をなしたので、私はその上を踏んで数える振りをしながら渡り、上陸する直前に、つい『おまえたちはだまされたのさ』と言ったのです。すると最後のワニザメに捕まり、すっかり毛をはがれてしまいました。

余りの痛さに泣いていたところ、通りかかった八十神(やそがみ)たちが『海で塩水を浴び、風に当たって伏していなさい』と教えてくれたので、そうしたところ、こうなってしまったのです」

オオナムチはウサギに、川尻に行って真水で体を洗い、水辺に生えているガマの穂を取って敷き、その上を転がって花粉を付ければ、肌は元のように戻るだろう、と教えました。ウサギがそのとおりにすると、傷は治り、白い毛が生えてきました。ウサギはオオナムチに、「八十神たちがヤガミヒメを手に入れることは絶対にできません」と言いました。

そのとおり、八十神に求婚されたヤガミヒメは、「あなたたちの言うことは聞きません。オオナムチ様に嫁ぎたいと思います」とはねつけたのです。それを聞いた八十神たちは怒り狂い、オオナムチを殺してしまおうと相談します。

八十神たちの迫害

八十神たちはオオナムチを伯岐国(ほうきのくに)の手前の山麓に連れて行き、「この山には赤いイノシシがいる、我々が一斉に追い下ろすから、おまえは待ち受けて捕えよ」と命じました。命じられた通りオオナムチが待ち構えていると、八十神はイノシシに似た大石を火で焼いて転げ落とし、それを捕らえようとしたオオナムチは石の火に焼かれて死んでしまったのです。

オオナムチの母サシクニワカヒメは息子の死を悲しんで高天原に昇り、天地開闢(かいびゃく)のときに誕生した古い神の一人カミムスビに救いを求めます。カミムスビが遣わしたキサガイヒメとウムギヒメの治療により、オオナムチは生き返ります。

オオナムチが生き返ったのを知った八十神は、今度は大木を切り倒し、くさびで割れ目を作り、その中にオオナムチを入らせ、くさびを引き抜いて、挟み殺してしまいました。

泣きながらオオナムチを探し、大木に挟まれ死んでいる息子を見つけた母神は、すぐに木を裂いて息子を取り出し、再度生き返らせます。

そして、「あなたはここにいたら、八十神に殺されてしまう」と言い、木国(きのくに)のオオヤビコのところへ行かせました。すると、追ってきた八十神がオオナムチを引き渡すようにと迫ったので、オオヤビコはオオナムチを木の股を通らせて逃がし、スサノオのいる根の堅州国(かたすくに)に行かせました。

『古事記』や『日本書紀』に記されているこうした神話は、まだ文字のない時代に語り継がれてきた古い物語を拾い集め、まとめたものです。古代の人たちは、子孫たちがより良い暮らしができるよう、経験から得た教訓を、物語の形にして言い伝えたのでしょう。兄弟間の争い、男女の出会い、母の子助けなど今の世にもよくある話です。