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春夏秋冬つれづれノート

ジャーナリスト 堀本和博

明治150年、平成30年の節目の年の新年・新春を迎えて

〈みかぐらを神にささげてゆたかなる 年のをはりをいはひけるかな〉 明治天皇御製(明治42年)

戦なき世を歩みきて思ひ出づ かの難き日を生きし人々〉 御製(平成17年)

荘厳に響きわたる108の鐘の音に心を洗われて、明けて真っ白な気持ちで迎える新年、新春。今年は平成30年、明治150年となる節目の年である。

天皇陛下が退位されるのが来年4月末で、翌5月1日には皇太子殿下が即位され、合わせて改元も行われる。平成が幕を下ろし、新しい元号が始まるわけである。

明治150年というのは、日本が近代化の歩みをひた走ってきた明治維新からの150年。この間に西洋歴年は国際標準である年表示をしてきたが、併用してきた元号年では天皇の御代を示す明治、大正、昭和と元号による表示を重ねてきた。そして、平成のいまは陛下の退位の意向を尊重しての特例法により、崩御によらない改元で時代の区切りをつけようとしている。時々の陛下はいつも祈りの人である。

私たちはその歴史の中に身を置いて新年を迎えるわけである。改めて元号に示される天皇の時代を振り返ると、短命だった大正天皇の時代を別にして、それぞれの時代は30年ぐらいで時代の骨格が形成された。その延長上に花を咲かせるのが分かる。江戸から東京へ、日本の近代化は維新のあと帝国憲法の制定、帝国議会の開設、欧米先進国との条約改正など明治30年までに、その枠組みを整えた。その延長上に先進国入りを果たしたのである。

日本の近代化への歩みは、ときに躓(つまず)きながらも続く。昭和の30年は、敗戦による国土や産業の致命的な荒廃から立ち上がり、懸命の努力で占領から復興への足掛かりをつかむ時期となった。その延長上に、高度経済成長と東京五輪の果実を実らせたのだ。

当時の小渕官房長官が「平らかに成るように」と掲げた平成の30年は、皮肉にも阪神・淡路と東日本の二つの大震災など多発する気象、自然災害からの復興・克服に尽力してきた。その先に、陛下退位によって迎える新元号の時代は、また基礎固めが始まるのではなく、再びの東京五輪と情報通信の新時代という平成の延長上の花を咲かせる時代となろう。

〈幼子の静かに持ち来し折り紙の ゆりの花手に避難所を出づ〉 御製(平成28年)