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日本人のこころ〈11〉

ジャーナリスト 高嶋 久

東京——柴田翔『地蔵千年、花百年』

思想より深い信仰

今回は予定を変更して昨年3月に出た柴田翔の『地蔵千年、花百年』を取り上げます。全共闘の内幕を赤裸々に描いた『されどわれらが日々』で、柴田が芥川賞を受賞したのは1964年。当時、ドイツ文学を専攻する東大文学部助手だった柴田は今、東大名誉教授。約30年ぶりに発表した長編小説『地蔵千年〜』は50余年の積み重ねを感じさせ、団塊世代の私は、自らの人生を重ねながら感慨深く読みました。

小説の主人公は、小学生で終戦を迎え、激動の戦後をひたすら生きながら、大学院の時、偶然、温泉宿で知り合った謎の過激派リーダーに誘われたのがきっかけで、南米の某国に渡り、貿易業務に携わります。元過激派リーダーは、内ゲバによる暗殺を逃れるため日本を離れ、南米での牧場経営で成功していました。

主人公は成り行きで貿易事務所の所長になった4年の間に現地の女性と恋仲になり、子供を身籠らせますが、アメリカで弁護士になっていた彼女の兄が祖国の革命を目指し政治活動を起こしたことから、強制的に帰国させられます。彼女も元過激派リーダーの手引きでアメリカに亡命します。

帰国した主人公は、貿易事務所の部下が用意した業務の会社を開き、結婚して息子を授かります。50代で妻と死別し、70代になって妻の遺骨をどうするかなど人生の総括を考えていたとき、南米のかつての部下から、元過激派リーダーからだとして彼の従姉の調査を依頼されます。彼女は学生運動家たちがたむろしていた伝説的な喫茶店の店主でした。

主人公の息子は大学を出て考古学者になり、四国のミッション系大学の准教授から、同系のアメリカの大学に招かれ、南米系アメリカ人の文化人類学者の女性と結婚します。彼女の母は南米からの亡命者で、アメリカで叔父に保護されていましたが、彼女が少女時代に亡くなります。自分自身のルーツをたどるように、彼女はモンゴロイドの研究をしていました。彼女の話に、主人公は別れた南米の女性のイメージを重ねるうち、主人公にとっては初孫の男子が生まれます。

東京の事務所は、秘書を務めていた女性に譲り、顧問となった主人公は、40年ぶりに南米の某国を訪ねます。生き別れになった女性の手掛かりを求めるためですが、それはかないません。帰路、アメリカの息子宅に滞在し、孫との日々を楽しんだ後、帰国の飛行機の中で主人公は、彼を数奇な運命に導いた元過激派リーダーの死を報じる左翼系の雑誌を目にします。その記事を読みながら、彼は機中で静かに生涯を閉じました。そして、エピローグのように彼の葬儀の場面が描かれ、長い物語が終わります。

地獄で人を救う地蔵菩薩

小説は、過去と現在を往復しながら語られていきます。晩年になると、人は過去をなぞりながら生きていることに気づきます。それは先祖たちが歩んできた歴史につながるもので、主人公の「文化も歴史も、死者たちと生者たちの思いの感応がなければ生まれない……。永遠無量の時空の片隅で、死者と生者の思いが重なって、そこから初めて文化や歴史が生まれてくる」との思いは、死を意識して初めて理解できることでしょう。

文化人類学者の嫁は「死者たちの記憶が一度みな消えたあと、生者たちはもう一度、宇宙に漂う無数の死者についての記憶の、無数の断片を、それぞれの手のひらに受けて、それに耳を澄ます……」「すべての人間はね、無数の死者たちについての思いと記憶の断片、そのゆるやかな渦の中から生まれてくるの。だって、それだけが彼のいのちの源だもの」と表現しています。

老齢の主人公が到達した境地は、書名に暗示される日本人の霊性、信仰です。それに比べれば、思想は人生のわずかな断片にすぎません。そんなものに振り回されたあの時代は何だったのだろうという思いがあります。日本から南米、アメリカへと、グローバルな背景で物語は進み、モンゴロイドの伝播という文化人類学的な広がりを見せていきますが、やがて縄文時代から続く日本的なものに収れんされていきます。それ こそがグローバル化した世界に通じる民族の物語だからでしょう。

タイトルは、「地蔵千年 花百年、あの子流れて はや万年……」という日本の古い子守り歌から取られたもので、小説の最後、主人公の墓参りに来た息子夫婦の幼い息子が、「ジジから教わった」と言って口ずさみます。

地蔵菩薩
国宝・木造地蔵菩薩立像
(奈良・法隆寺大宝蔵院)

ところで地蔵は仏教でいう仏になるために修行している菩薩の一つで、大地が全ての命を育む力を蔵するように、苦悩の人々を無限の大慈悲の心で包み込み、救うところから名付けられたとされます。

日本で一番多い仏像が地蔵菩薩で、それだけ地蔵信仰が広まっていました。浄土信仰が普及した平安時代以降、極楽浄土に往生できない衆生は、必ず地獄へ堕ちるとされました。その地獄で、責め苦にさらされている人たちを必死に救うのが地蔵菩薩なのです。だからこそ、多くの人々の信仰を集めたのでしょう。

地獄や餓鬼、修羅などの世界をめぐりながら、人々の身代わりとなり苦難を引き受ける菩薩とされたり、「子安地蔵」と呼ばれる子供を抱く地蔵菩薩もあります。子供や水子の供養でも地蔵信仰が高まり、関西では地蔵盆は子供の祭りとされています。また道祖神と習合したので、各地の路傍に石像の地蔵が多く見られます。