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春夏秋冬つれづれノート

ジャーナリスト 堀本和博

「故郷やどちらを見ても山笑う」(子規)と春の山が微笑む季節の到来に

♪山の三月 そよ風吹いて どこかで春が 生まれてる(百田宗治作詩「どこかで春が」)や、♪春が来た 春が来た どこに来た 山に来た 里に来た 野にも来た(高野辰之作詩「春が来た」)││など。

「一年四季。春になれば花が咲きだす。咲きだす時期が来れば、梅、桃、菜種、連翹(れんぎょう)、こぶし、桜というぐあいで、契約したように次々と開花する」(山本周五郎『町奉行日記』新潮文庫の「わたくしです物語」から)というように、黙って待っていれば春も向こうからやってくるものだ。と分かっていても、今年ぐらい春が待ち遠しかった年も、そんなにないであろう。春を喜ぶ文部省唱歌や童謡をつい口ずさんで、その到来を待ち焦がれてきたのである。

それほど今年の冬は厳しかった。北日本や北陸各地は記録的な豪雪となり、東京では48年ぶりという最低気温の氷点下4度を記録し、1月22日には観測記録上4番目の積雪(23センチ)となった。二十四節気の大寒(1月20日)からは暦通りの最低気温が氷点下か零度台の厳寒に震え上がる日々。「寒の内」は節分までというが、月をまたいで先月の節分、立春(4日)を過ぎても、なお寒波が断続的に押し寄せたのである。

2月は暦の上では春とはいっても、実際には厳しい冬が居すわる。それでも立春を過ぎると冷え込みは余寒といい、寒さの中にも忍び寄る春の兆しを何か感じるものだ。だから「余りものの寒さ」というわけだが、今年ばかりは次々と列島を覆った容赦ない寒波に冬がきわまった。とてもその奥からわずかな季節の変化の芽を感じ、楽しむ余裕などなかったのである。

さて3月。正岡子規は「故郷ふるさとやどちらを見ても山笑う」と春の山が微笑む様子を見せる、明るく柔らかい季節の訪れを喜んだ。「山笑う」は春の山をいう3月の季語で、中国・北宋の画家、郭煕(かくき)の言葉とされる「春山淡冶(たんや)にして笑うが如く」からきている。春山の木々が淡く芽吹き、葉がやわらかな緑に染まっていく山容に、山全体が微笑んでいるように映る。身が縮こまった厳冬の季節をしのぐと、そのあとに明るい光と色を帯びる季節がやってくる。

生き物がうごめき始め、花が彩りの乏しい季節だったのを色鮮やかに塗り替えるのである。