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春夏秋冬つれづれノート

ジャーナリスト 堀本和博

雨を味わい歌う童謡などは多いけど、やっぱり梅雨の6月は少し気が重い

梅雨の時期がかぶる6月は雨の月といってもいいが、ちょっといやな気分になる。

それが童謡や歌謡曲の中では結構、歓迎されているようで、雨をうたう曲が少なくない。ほんのたまにだが、私でも口ずさむ懐かしい童謡が少しはある。

♪あめあめ ふれふれ かあさんが——と歌いだす北原白秋作詩の『あめふり』を覚えている人は、まだ少なくないだろう。大正14(1925)年の作。下校時に雨になり、じゃのめ(唐傘)と長靴を持って迎えにきてくれた母親といっしょに歩いて家に帰っていく。

雨の中、傘をさし水たまりも構わず長靴で歩く。母親と帰宅する幼い子供のウキウキした弾む気分を「ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン」がよく表している。今ではなかなか描けない、いかにも日本らしい光景が思い浮かぶのである。白秋作詩の童謡には「雨がふります 雨がふる」と歌いだす『雨』(大正8年)もある。

野口雨情作詩の『雨降りお月さん』も「あめふり」と同じ大正14年の作品。月に輪がかかると翌日は雨になると言われる。そのあいにくの雨の日に馬に乗り唐傘さしての輿入れを幻想的にうたっているが、子供の頃は深い意味も分からないままに口ずさんだのを思い出す。

雨をうたう歌謡曲となると、いろいろとヒット曲もあるだろうに、私が知っているのはほんの二つ、三つである。

歌い出しは覚えていないのに、なぜか「雨々ふれふれ もっとふれ」のフレーズの方が口をついて出てくるのは八代亜紀さんが歌った『雨の慕情』(作詞・阿久悠)である。「雨はふるふる 城ヶ島の磯に」と歌い出す倍賞千恵子さんの『城ヶ島の雨』(作詞・北原白秋)、青江三奈さんが「アカシアの雨にうたれて」と歌い出した『アカシアの雨がやむとき』(作詞・水木かおる)ぐらいである。

雨は人が味わうさまざまな心境や涙、いやなものを洗い流す清算や出発の喜びを示したりするイメージがあるからなのか、歌詞や詩には欠かせない風景として歓迎されているかのようだ。1年に春夏秋冬があるように、天気にも晴曇雨雪があるのは仕方ないにしても、やっぱり梅雨の6月はちょっとうっとうしい。爽やかな5月のあとだけに、余計に少し気が重い。