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福祉のこころ 地域医療・包括ケアの現場から (5)

医師 針生伸一郎

ものわすれ外来で見えるもの

「ものわすれ外来」を始めて15年ほどが経った。最初は少なかった患者さんも徐々に増えた。今では外来日になると、多くの認知症の患者さんがやってくる。

現在、日本には500人近い認知症患者がいる。国民25人に1人くらいである。今後、患者数はさらに増えて1千万人に近づくかもしれない。現時点でも認知症患者は多いと感じるが、さらに倍増するかもしれない。

高齢化が進み、2人に1人は認知症になってから一生を終える。夫婦のどちらかは、たいてい認知症になるということである。誰にとっても他人事ではない。

ちなみに認知症の危険因子は、①飲酒、②喫煙、③糖尿病、④運動不足、⑤肥満などなどである。心筋梗塞や脳卒中の危険因子とほとんど同じなので元気に長生きしたければ、これらの危険因子から遠ざかることである。

認知症の症状は、「中核症状」と「周辺症状」とに分けて考えると解りやすい。中核症状は記憶力の低下や判断力の低下である。脳機能が全般的に衰えることによる症状である。人間の記憶力や計算力は20歳ごろがピークで、加齢とともに衰える。認知症になる頃には記憶力は大きく障害されている。この中核症状は認知症の認知症たる所以であり、同時に薬物などによる治療が困難である。いったん低下した認知機能はなかなか回復しない。

「周辺症状」は、認知症で必ず出現するというわけではないが、妄想、幻覚、徘徊、性格の変化、性的逸脱、抑うつ、暴言、暴力などである。この周辺症状は、中核症状以上に患者本人や家族を苦しめる。この周辺症状を緩和し、治療することは、ものわすれ外来での大きな仕事である。

認知症になると性格が顕在化する。その人の理性では人格性を隠せなく(制御できなく)なり、人格が顕わになる。温和な人は、より温和になり、意地悪な人は、より意地悪になる。

ものわすれ外来には、天使のような認知症患者もたくさん来られる。私に会うと手を合わせ、感謝を表す。また、「家族がよく面倒をみてくれる」などと家族に感謝を忘れない。家族にも大切にされ、認知症になっても穏やかに、そして豊かに暮らす。

しかし、周辺症状のある患者さんも多い。よくある「もの盗られ妄想」は、物欲の強い人に多い。お金や財布だけでなく、衣類や食べ物、あるいは畑の野菜にいたるまで、様々なものが盗まれると訴える。盗むのはたいてい嫁である。あるいは親族や近所の友人だったりする。よくよく聞くと、もともと不仲だったり、不信があったりする。認知症になる以前からの人間関係を引きずっているのだ。頑固な人は、より頑固になり、介護に抵抗する。暴力的な患者さんは、もともと気が荒い人が多い。

こう考えると、ものわすれ外来で見えるものは、「その人の長い人生の結実」だと感じる。

人格がそのまま表現される世界が霊的世界だとすると、私は、ものわすれ外来で霊界を垣間見ているのかもしれない。

「ボケるなら天使のようにボケたい」と願うばかりである。