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春夏秋冬つれづれノート

ジャーナリスト 堀本和博

錚々たる俳人の句碑が並んで武蔵野の文化の香りを放つ深大寺境内を追想して

ダルマ市とそば、最近では国宝・釈迦如来像(白鳳仏)と『ゲゲゲの鬼太郎』(水木しげる原作)のゆかりで知られる調布市にある深大寺(じんだいじ)は、都内では浅草寺(台東区)に次ぐ古い歴史を持つ古刹である。733(天平5)年に法相宗の寺院として満功上人が開創したとされ、いまは天台宗別格本山で、正式名称が浮岳山昌楽院深大寺。厄除元三(がんざん)大師である。

ここへは、いま住んでいる市内からも前の住まいの三鷹市からも、片道1時間余とちょうど手軽なウォーキングコースでよく行った。それが1時間もの速歩が難儀となったいまは、すっかり足がとおのいてしまった。その分、山門の傍らにある「なんじゃもんじゃの木」に積もった雪のように見える白い花を見上げたこと、数多くある著名俳人(歌人も)の句碑を飽きずに何回も見て回ったことをよく思い浮かべる。そうして、また訪れたような気分に浸るのである。

ヒトツバタゴ

なんじゃもんじゃの木が円すい状の白い花を咲かせるのは4月も半ば、今ごろ。英語名の「スノーフラワー」は花が雪のように見えることから。変な樹木名は、特定の木を言うのではなく、限られた地域で自生する珍しい樹種や巨木に付けられた愛称。ここの樹はモクセイ科の落葉高木「ヒトツバタゴ」なのである。

その樹の下に俳人・高浜虚子の胸像と句碑〈遠山に日の当りたる枯野かな〉がある。境内には虚子のほかにも、本稿でもよく引用する俳人の中村草田男の〈萬緑の中や吾子(あこ)の歯生え初(そ)むる〉、石田波郷の〈吹起る秋風鶴を歩ましむ〉、松尾芭蕉〈象潟(きさがた)や雨に西施(せいし)が合歓(ねむ)の花〉をはじめ、錚々たる俳人の句(歌)碑が並んで武蔵野の歴史と文化の香りを放っている。

高浜虚子は同郷(愛媛・松山市)文学界の巨星・正岡子規を助けて近代俳句を展開したが、子規没後には守旧派の伝統に復帰しつつも枠にとらわれない幅広さ、可能性の広さ深さを感じさせる豊饒な俳句作品を残している。〈白牡丹といふといへども紅(かう)ほのか〉とか〈流れ行く大根の葉の早さかな〉も〈去年今年(こぞことし)貫く棒の如きもの〉も虚子の作品である。そればかりでなく水原秋桜子、山口誓子ら現代俳句を代表する弟子たちも育成してきた。

今年、没後60年を迎える虚子の命日(虚子忌・椿寿忌)4月8日(昭和34年=1959年)は、釈迦の生誕を甘茶を注いで祝う日(仏生会)、花祭りである。