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福祉のこころ 地域医療・包括ケアの現場から (10)

事務職 加納哲也

医療や介護に携わる人たち

私は医療や介護の分野で事務職に就いて、もう30年になります。大学で学校カウンセリングを専攻し、卒業後に上京して大学の研究室で「実存分析(自らの”生の意味”を見出すことを援助することによって、心の病を癒す心理療法)」を学んでいました。ところが、恩師から「おまえは人を救おうと手を差し伸べてはいるが、上から手を出している。自分は安全で、汚れないところに身を置いている。自分から降りていって、一緒に泥だらけになってやろうとはしない」と指摘され、その道を断念しました。それから10年、全く違う仕事を経験し、35歳で縁あって病院の事務職に就いたのでした。

入職してすぐ、大失敗をしてしまいました。ある時、診療部長から電話があり、「ムンテラ(医師が患者や家族に病状や治療方針などを説明すること)のために患者さんが座る椅子がほしい。簡単なものでいいからすぐほしい」という依頼があったのでした。

私はうっかり聞き流していて、発注していませんでした。1週間ほどして、診療部長から呼び出しがありました。何ですぐにやらないのかと頭ごなしに怒る診療部長に向かって、私は、「たかが椅子のことでガタガタ言うな!」と、逆に怒鳴りつけてしまったのです。

ただ、そのあと私の心には、その意気消沈した顔が、残像のように残ったのです。「何か自分はとんでもない間違いをしてしまったのではないか」と感じたのでした。

それからしばらくして、医療の現場のことが少しずつ見えてきました。理事長の命により、数か月間、病院内の全ての部署の業務を体験させてもらったからでもありました。厨房、清掃、ナースステーション、薬局、手術室。診察室で医師の隣に座ってもみました。看取りの場面にも立ち会いました。医師や看護師などの医療者の業務がどんなに大変か……。

多忙な中でも、ミスは絶対に許されないという緊張感の中で、患者さんへの癒しが求められる、尽くしても尽くしても最後に亡くなられた時のその喪失感……。そうした医療者の内面が見えてきて、あの時、診療部長に対してとった自分の行動がどんなに愚かなものであったか、どれほど傷つけてしまったのかを悟らされたのでした。

私が自分にはできないと諦めてしまっていた、「悩み苦しむ者と一緒になって、泥だらけになって、希望をつかもうとしている」ことを実践している医療に携わる人たち。

私は、せめてその人たちを支える自分になろうと思うようになりました。

医療や介護に携わる人たちは、常に患者さんや利用者さんのことが頭から離れません。家に帰って食事をしていても、家族と楽しく遊んでいても……いつも付いて回る、患者さんの顔。夜も眠れず、心配で心配でついつい早く職場に行ってしまう。 他の多くの職業は、職場から一歩外に出たら、仕事のことを忘れていられることがあると思います。でも、医療や介護に携わる人たちはそうはいきません。

人々の生老病死に正面から向き合い、「与えるこころ」を持って従事する人たちは素晴らしい、誇るべき人たちだと思います。私はその分野の事務職として、あと何年できるかわかりませんが、可能な限り務めてゆきたいと思っています。