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新米ママのありのまま(9)

フリーライター 岸元実春

小さな怪獣に翻弄されながら、親としての愛の成長を促される今日この頃

暖かい日差しを受けて新緑が煌(きら)めき、それを仰ぎ見る娘の瞳もキラキラと輝く。木々に囲まれた公園で「キャー、うわー!」と言葉にならない声を上げながら走り回る小さな背中を、元気だなあと苦笑を浮かべながら追いかけて行く平日の昼下がり。広場ではしゃぎ、遊具ではしゃぐ元気の塊についていけないと嘆きながらも、「ママー!」と笑顔で駆け寄って来てぎゅーっと抱きしめられるといくら疲れていても笑顔にならざるを得ません。

日々、子供のパワーは色々な意味で凄いなと思わされます。とにかく休むことを知らないので、家の中でも外でもじっとしていることがなく、昼寝の時以外は日中ずっと動きっぱなし。家にいる時はキッズソングのDVDを観たり、リトミック(体操)のDVDを観たりするのですが、観ている時でも動きを止めることはありません。手を叩いたり、動きを真似したり、歌ったりと大忙し。リトミックの時は親も強制参加。途中で疲れて座っていると、すかさず「ママ、起きて!」と腕を引っ張られ、休む間もなく何度もダンスさせられます。やっと飽きたと思ったら、今度はお人形さんのお世話ごっこ。最近の人形遊びのクオリティには驚かされます。ベビーフードの入れ物にスプーンを入れたら、カチッと音がして、スプーンからフードが飛び出してきて、それを人形の口に当てたらまたカチッと音がして、フードがスプーンに隠れて見えなくなります。本当に人形が食べたみたいに見えるので、娘は夢中になり何度もベビーフードにスプーンを出し入れして遊んでいます。

家の中で遊ばせ続けるのは至難のわざ。自分で外を指さして「さんぽ」と言い、外に連れて行けアピール。外に行くと溜まっていたものを発散するかのように声を上げて走り出します。「危ないよ!」と腕を掴みますが、手を繋ごうと思ったら完全拒否。しゃがみ込んでしまってどうにもならず、仕方がないので頭の上に手を置いて道を誘導しています。普段のお散歩コースを覚えているようで、自分でスタスタと歩いて行き、いつもと同じく近所の公民館に行き水槽のメダカを見て、館内を一周してから帰宅。帰りも自分で歩くだろうと思っていたら、途中で「だっこー!」と手を上げて足を止めます。10キロにもなるとずっと抱っこするのも大変なので、途中で下ろすと抱っこコール。家に帰るまでの距離を稼ごうと、走って「ここまでおいで」と言うと、泣きそうな顔で「だっこー!」と後を追ってきます。ある程度距離を稼いだら抱っこして、また下ろして、走って、抱っこしての繰り返しでようやく帰宅。昼食を食べてお昼寝。目が覚めたらまた小さな怪獣が家中を暴れ回り、「こら!」と言いながらこちょこちょの刑を執行して笑い転げてはまた大暴れ。

どこからこんな元気が出るのか不思議でなりません。時にはとんでもないいたずらをして、叱ると大泣きしますが、それでもママの所に来てしばらく抱っこしていると落ち着きます。遊んでいる時もママを呼び、褒めてほしそうに顔の中心に皺を寄せてニーッと笑顔を浮かべます。怒ってしまった時は落ち込むこともありますが、笑顔を見せる娘から「ママが必要だ」と言われているようで、もっと愛せるように、娘の笑顔をこの先もずっと見られるように、ママとして成長しなければと思わされる今日この頃です。