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芸術と家庭・・・絵画編(9)

岸田泰雅

デンマークの「幸福」な家族描く

ファミリー・ポートレイト画家

ヴィゴ・ヨハンスン(1851〜1935)は、デンマークの画家である。彼は一時期、パリに移り住み、モネから色の使い方について大きな影響を受けたが、人生のほとんどをデンマークで過ごし、こよなく自身の家族とデンマークの自然を愛した画家であり、北欧の小国を生涯愛した人物である。

ハッピー・クリスマス
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家族をテーマにした作品が多い中で、「ハッピー・クリスマス」という傑作がある。ライトアップされたクリスマス・ツリーのまわりを家族が手をつないで、歌い踊っているという構図で描かれている。子沢山の母親、つまり、ヴィゴの妻マルタであるが、その彼女が右端に大きく描かれており、左奥の方から、祖母が満足そうに歌い踊る家族を見守っている。手をつないで踊る子供たちの動きや姿勢もそれぞれ微妙に違っていて面白い。

「ハッピー・クリスマス」の作品を見て、その特徴が一目でわかるのは、光と影の対比である。中央のクリスマス・ツリーは光の世界、左側の壁は影の世界、光を受けて立っている母親の背中の方は影の世界といった具合で、光と影の明暗がくっきりと描かれている。

沢山の子供たちが描かれているが、その中には、のちに画家となったエレンもいる。ヴィゴの作品の中で、妻マルタはモデルを務めることも多かった。

この「ハッピー・クリスマス」は、見れば見るほど、子供たちの歌い踊る楽しそうな空気が伝わってくるから面白い。画面中央の背中向きの小さな女の子などはのけぞっていて、それが何とも愉快である。祖母の前の男の子もそうである。態勢を右に崩してライトの具合をのぞき込んでいるような格好の左端の男の子の動きも否応なく目に付いてしまう。しかし、子供たちの視線はすべて中央のクリスマス・ツリーの灯りに向けられている。光への求心力が子供たち全員を捉えている。こう思って、改めてクリスマス・ツリーに目をやると、燦燦たるゴージャスな光の世界がそこにはある。この光景が、19世紀末、デンマークの一家庭において繰り広げられ、一幅の画となったのである。

ヴィゴ・ヨハンスンの生涯

ヴィゴ・ヨハンスン

19世紀末にデンマークで活躍したヴィゴ・ヨハンスンは、1875年、デンマークのユトランド半島の最北端スケーエン(スカーゲン)に移り住んで、そこで10年ばかりを過ごした。そこには、スウェーデンやデンマークから多くの画家が集まっており、ミカエル・アンカー(1849〜1927)を中心とする画家グループが形成されて、活発な作画と論議の交流が行われていた。スケーエン時代のヨハンスンは、ホテルのピアノでモーツァルトを弾いたり、教会のオルガンでグルックを弾いたりと、随分、ゆったりとした時間の流れを楽しんでいたようである。こんな中で、1880年、ヴィゴは生涯の伴侶マルタと出会い、結婚をしたのである。1888年から1906年にかけて、ヴィゴ・ヨハンスンは、王立美術院の女子芸術学校で教鞭をとり、その後、その学校の教授となり、最後には校長としての務めを1914年まで果たした。

光の明暗を追求した作品として、ヴィゴ・ヨハンスンには「画家の妻と子供たち」(1891〜92)というのがあり、ピアノを教える母親と一緒に3人の子供たちが並んで座り、一生懸命にピアノを習っている様子が描かれている。ピアノの鍵盤を照らす灯りとそれ以外の周りは漆黒の闇と言ってよい。印象派のモネは光を探求したが、ヨハンスンも光と影を巡って格闘している。

幸福なデンマークの人々

デンマークの人々は、自分たちは世界で最も幸福な国民であるという考えを抱いているとよく言われる。

そのようなデンマークにおいて、画家たる者たちはいかなる作画姿勢を持っていたのかと言えば、まず家族をテーマにした作品が非常に多いということ、そしてデンマークの自然をよく描いたということの二つが、特徴的であると言えよう。

特に、19世紀末の「スケーエン派」の画家たちについてはそのことが端的に言える。ヨハンスンの「ハッピー・クリスマス」を見ると、クリスマス・ツリーが放つ光の乱舞の中で、子供たちも歌い踊るという幸福家族の風景が見事に描かれており、デンマークの人々および家族は、概して、幸福であるという一般論があながち間違っていないことが裏付けられていると言ってよい。