機関誌「真の家庭」publication

APTF 公式サイト機関誌「真の家庭」人生を豊かにする金言名句(7)

人生を豊かにする金言名句(7)local_offer

ジャーナリスト 岩田 均

袖振り合うも多生の縁

勤務先の会社がもうすぐ移転するという時でした。最寄りの駅を見ながら”別れ”を惜しむ気持ちを感じていました。そんなある日、改札口のすぐ外側で長財布を拾いました。中には、クレジットカード、現金、ポイントカードなどが並んでいました。

迷ったのは、どこに届けるかでした。近くに交番はないし、どこまで行けば交番があるのか、いや、改札口近くは駅構内だろう、などと思いを巡らして。日頃、その駅の利用客は少なめで、朝夕を除けば駅員は一人という時もありました。事務所の窓口で声をかけてみると、ちょっと驚いて”一体、どう対応するんだ。今は私だけなんだ”とでも言いたげでした。

実際、事務手続きは遅々として進まず、終わるまでに約1時間掛かりました。私が乗車する予定の電車はとっくに行ってしまい、その後も次々と停車しては発車していきました。”こちらは親切心でやっているのに、もう!”って言いたくなるところでしたが、落とした人を思いました。きっと困っているだろうな、と。

翌々日だったか、落とし主から私に直接連絡がありました。聞くと、――その駅近くに親類の家があって、久しぶりに訪問した。自分が住んでいるのは別の地域で、その駅は普段利用しない、など。「届けてもらい、とても嬉しかった」と。その言葉を聞いて、私もようやくホッとしたものです。

「袖振り合う~」の意味は、「道で見知らぬ人と袖が触れ合うようなことも、それは単なる偶然ではなく、前世からの深い因縁によるもの」(東邦出版『日本のことわざを心に刻む』)です。私も落とし主と駅に「縁」をつくることができました。

袖が触れ合う状況というのは、例えば、時代劇に出てくる下町の通りが思い浮かびます。袖が触れ合うほどのにぎやかさが想像できます。現代は、自動車が走るのが道です。人は道の両脇に”追いやられて”います。袖のある服を着ているわけでもありません。ことわざが生まれた時代の情緒はどこへやらです。

いろいろな「縁」があります。良し悪しもあります。ですが、どちらかと言えば大切にしたいものです。世知辛い世の中を生き抜く知恵も鍛えつつ、先祖の導きかもしれない良き「縁」を増やしていきたいものです。