機関誌「真の家庭」publication

APTF 公式サイト機関誌「真の家庭」人生を豊かにする金言名句(29)

人生を豊かにする金言名句(29)local_offer

ジャーナリスト 岩田 均

無私無偏

長年電車に乗っていると、いろいろな経験をしたり見聞きをしたりするものだなあと思います。その一つ、コロナが猛威を振るっていた頃、車内で”格好いい!”と感心した出来事がありました。

ある駅から、杖を突く老人が乗ってきました。優先席はいっぱい。座りたいそぶりはなく、昇降口近くに立ってデッキにつかまりました。次の駅で席が一つ空いて、乗客の一人が”こちらにどうぞ”とばかりに手招きをしました。杖の人はやや躊躇して好意に応えました。見ていて、ちょっと気になり、その後その懸念は当たってしまいます。

さて、次の駅に来ました。杖の人が降りる駅でした。電車が止まる。席から立ち上がろうとする。ドアが開く。でも、動作がゆっくり。ドアがもう閉まる。間に合わないか……という状況に。

その瞬間です。心温まる情景が展開したのです。反対側ドアのそばに立っていた女性がすーっと寄り添う。「降りるのですか」と声をかける。続けてドアの一方を手で押さえる。もう一人、別の若い女性も駆けつけ、ドアを押さえる。ドアは少し閉まりかけた状態で止まる。杖の人は”よいしょ”とばかりにホームに片足を踏み出し、もう片方の足もホームへ。二人の女性は完全に老人が車外へ出たことを確認して、ドアを離す。その途端、ドンと閉まりました。

時間にして、ほんの10秒もあったかどうか。私は見惚れるだけでした。その身のこなしの何とスムーズだったことか。推測ですが、看護師とか介護士でしょうか。動作が実に自然。電車が動き出して、二人はお互いに「ありがとうございます!」と声を掛け合いました。こちらは拍手をしたいくらいでした。杖の人はホーム上で振り返ることもなく、お礼を言うそぶりもなく、歩くのに精いっぱいのよう。

こんな清々しい場面は、頼んでも再現できないでしょう。「無私無偏」という熟語があるそうです。自分の事情を優先しないで、公平に判断して行動すること。「公平無私」ですね。