人生を豊かにする金言名句(34)local_offer金言名句
ジャーナリスト 岩田 均
郷に入っては郷に従え
まず意味から。「どこに移り住もうと、その土地のしきたりに従うのが世渡りの知恵だ」(大修館書店『明鏡ことわざ成句使い方辞典』)
引っ越しだけでなく、職場が変わることなど、いろいろな場面で使える一句でしょう。ただ、今の時代には少し合わなくなっているかもしれません。意味をはき違えてしまい、例えば、”その環境に染まってしまえばいい”とか”長い物には巻かれろ”というような、現代の悪しき世相が見え隠れするからです。肝心な自主性を失うのは本末転倒。これではいけません。
思い出すのは、20年以上前のことです。アウスジードラーと呼ばれる老夫婦の家に一晩泊めてもらった経験があります。この人たちは、旧ソ連や旧東欧諸国で生まれた「ドイツ人」。多くの人は母国語を話すことができませんが、いわばドイツの在外同胞です。東西冷戦が終結したのをきっかけにして、統一ドイツへ帰還する、こういう人々が急増しました。
英語が話せる友人から紹介されて、現地でアウスジードラーの家族を取材させてもらったことがあります。民族舞踊を見せてくれたり食事を一緒にしたり、歓待してくれました。彼らはロシア語しか話せなかったのでドイツ社会になじむのに苦労していました。経済的にも恵まれていませんでしたが、親類が一緒にいることで幸せそうに見えました。
夜が遅くなったその日、泊めてもらうことに。老夫婦だけの家でした。私との会話は全くありません(できません)。でも、笑顔はありました。翌日の早朝、夫婦は「朝のお勤め」を始めました。祈りです。きっと育った土地でも守ってきたことなのでしょう。異国と感じる土地に来ても、その習慣を続けることは、一日の中で何より大切な時間なのだと感じました。同席することが、私の感謝の思いを伝えることだと思って厳粛な時間を共に過ごしました。
その時にもらった木彫りの鍋敷きは何年も使いました。郷に入っては郷に従えを体現しているこの方々を時々思い出します。