人生を豊かにする金言名句(44)local_offer金言名句
ジャーナリスト 岩田 均
汗馬(かんば)の労(ろう)
馬と聞くと、ちょっと愛いとおしい気持ちが湧きます。何年か前、群馬県の榛名山に行った時、イベントで初めて乗馬を体験。自分の視線が結構高い位置にあって驚きでした。30分くらいだったでしょうか、持ち主(?)に引かれて馬は野原をゆっくり歩き、こちらは鞍(くら)の上でゆらゆらと。前方や左右、眺めはとても良いものでした。
中国の古典『史記』には「戦場での『汗馬の労』があった者」という表現があり、「馬に汗をかかせて駆け回った苦労」という意味が付いています(小学館刊『故事成語を知る辞典』)。馬が戦場に駆り出されていた時代、兵士だけが苦労しているのではありません。馬も騎手に生死を委ねて出陣しました。そう思うと、「汗馬の労」とは馬を褒める言葉のようでもあり、人間だけじゃないぞという戒めにも思えます。
『史記』の別の引用です。「蕭何(しょうか)未(いま)だ嘗(かつ)て汗馬の労あらず」。つまり「蕭何(紀元前の中国の政治家)はこれまでに戦場で苦労したことがありません」と言っています(三省堂刊『故事ことわざ・慣用句辞典 第二版』)。この後に続く文には「(蕭何は)書類を読んで議論ばかりしている」という趣旨の内容が出てきます。文官だったのでしょうね。現場主義の人からは”体も動かさないで楽をしている”と妬(ねた)まれていたのかもしれません。
「汗馬の労をいとわない」と言えば、単に苦労するだけでなく、「物事をうまくまとめるために東奔西走する労苦」(大修館書店刊『明鏡ことわざ成句使い方辞典』)だとして、積極的に肯定する表現があります。陰で懸命に支える人に対して使うのにふさわしいでしょう。
馬で良い話と言えば、昨年のパリ五輪です。総合馬術の団体で日本選手が見事銅メダルに輝いたのを思い出します。映像で見た演技はまさに「人馬一体」。久しぶりにこの言葉を思い出させてくれましたが、人間だけが頑張っても、その美しさは実現できません。そこが見る者を感動させてくれる所以(ゆえん)でしょうね。