春夏秋冬つれづれノートlocal_offerつれづれノート
ジャーナリスト 堀本和博
燃える若葉が目を引いたカナメモチも今年は五月の風に本緑の落ち着きを漂わせて
公園や家の生け垣としてよく見かけ、東京ではツツジが咲くのと同じ5月ごろに、緑葉が急に紅色に美しく変色して目を奪う木がある。しばらくすると、葉は濃い緑に戻るのも面白く思った。数年前、家内から散歩のとき「カナメモチ」というバラ科の常緑低木だと教えられて、その樹木名を知った。
以来、ツツジや皐月(さつき)の季節になると、5月の紅葉を愛でてきた。紅色に変色するというのは間違いで、若葉のときは紅色を帯び、しだいに緑葉となっていくのだと知ったのは後のちになってからである。
今年は近くの公園のカナメモチの若葉が紅色に燃えてきたのが先月初めであった。おやもうカナメモチの季節かと驚くと、ツツジや皐月まで、もうつぼみを膨らませていた。
そういえば、東京のサクラの開花(靖国神社の標本木)はホワイトデーの3月14日だった。昭和28(1953)年からのデータが残る観測史上、最も早い記録である。この日は都心で気温2.5度と震える寒さで雪やみぞれが降ったが、前日までの暖かさに押されての例年より2週間ほど早い開花となった。
東京で3月の雪は春の雪となりそう多くはないが、今年はもう一度降った。月末近い日曜日の29日に降ったのである。この日は折からの新型コロナ禍の拡大阻止のために、週末の花見や繁華街などへの外出自粛要請が出ている最中であった。サクラが満開となった上野公園や井の頭公園など桜名所は封印された。
それでも、自粛要請ぐらいでは人出は止められない。川沿いに生活道路があって封印できない目黒川界隈など別の名所に人が繰り出すことが懸念されたが、それを雪が止めた。これで小康を得たかと思ったが、感染者などの拡大にブレーキはかからなかった。
とうとう先月7日に、東京、大阪など7都府県に緊急事態宣言が発せられた。そして迎える5月である。野や山や川、海にも繰り出して新緑と爽やかな初夏の風を楽しむ絶好の季節だが、自然はいいとしてもそこにできる人込みがつくるリスクを考えると軽率な行動は慎まねばならない。人の命に関わるのだから。
いつもなら5月に美しい紅色の若葉が人の眼を引きつけるカナメモチも、季節が2、3週間早く進む今年はもう本緑の落ち着いた雰囲気を漂わせていよう。
〈朝刊とパンとコーヒー風五月〉 浅野右橘。