機関誌「真の家庭」publication

APTF 公式サイト機関誌「真の家庭」春夏秋冬つれづれノート

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ジャーナリスト 堀本和博

入梅イワシ漁が豊漁だと平安貴族以上のぜいたくを味わえるのだが

マドリード(スペイン)に新聞特派員として赴任したことがある。もう30年も昔のことで、バルセロナ五輪とセビリア万博がダブル開催された1992年をはさむ3年ほどの間だ。

当時の話だが、スペイン人はイワシ好きであった。イワシは薄い切り身をオリーブ油に漬けたものをワインやビールの友にバールでつまむ。値段は覚えていないが、需要が旺盛だから結構高かったように思う。

イワシにくらべてマグロはあまり食べなかった。マグロは地中海でよく獲れたので需給の関係で安価だった。そこに目を付けた日本の業者が安く仕入れたマグロをいけすで畜養(ちくよう)して300キロほどの大物に育て、氷詰めで生のまま築地に空輸。”空飛ぶマグロ”で利益を出した。今は日本人がマグロを好むのを知ったスペイン人も、好んでマグロを食べ出したというのである。

話を戻すと、日本ではイワシは年中、市場に出回る安価な大衆魚である。それでも、イワシにも旬があり、それが6月半ばからの梅雨から暑くなってくる夏場にかけてだ。豊富なプランクトンを含む川水が増水して流れ込む海で栄養をたっぷり摂取したイワシは、皮の下に脂がたっぷり乗った上質なものに育つ。この時期の水揚げは「入梅イワシ」として人気を集め、太った大型のものは「金太郎イワシ」の銘が付く。

イワシ

最近は不振のサケ・マス漁やサンマ漁を補うために、釧路や根室沖合の近海イワシ漁の水揚げも増えている。極上品は北海道から銀座の高級すし店に届くというから、今は”空飛ぶイワシ”である。

格が上がったイワシは「御紫(おむら)」という高貴な別称がある。紫式部が好物としたことに由来する。イワシを食していた紫式部に、夫が「そんな卑しいものを」と叱った。これに歌を詠んで抗議したというのである。

今日、イワシは健康にいい食材として価値を上げている。動脈硬化の予防にいい不飽和脂肪酸を多く含むことがわかってきた。この旬の新鮮な海の幸を刺し身や握りでいただけるのは、平安時代の宮廷暮らし以上のぜいたくだろう。今年もこの時期の漁が豊漁だといいのだが……。