福祉のこころ 地域医療・包括ケアの現場から(55)local_offer福祉のこころ
社会福祉士 清水道徳
認知症高齢者から学んだこと
前稿に続き、勤務先の特別養護老人ホームでの出来事である。
要介護3でレビー小体型認知症をお持ちの男性入居者Aさん。施設に入居の当日は、一日中ウトウトと傾眠が強かったものの、総じて穏やかにお過ごしであった。しかし、翌日には明らかに様子が違った。本人が使用している歩行用の杖を振り回したり、居室内にある衣類の収納ケースを倒してしまったりと、興奮した様子が見受けられた。
現場の介護職員の対応としては、杖に関しては、歩行の際に杖の先が床に着いてもおらず、使用しなくても支障は無いのではとの判断から、振り回し防止のために別途に保管することとした。また、居室内の衣類等の収納ケースは、幻視の原因になり得るとして、別の場所へと撤去してしまった。
Aさんは、その後、持参している携帯電話で、杖が見当たらないと息子さんに連絡をされ、息子さんからは、その旨施設に連絡が入った。
息子さんによれば、Aさんはこだわりが強く、杖のことが気になり出すと、そのことをずっと言い続けるのではないか、また、そのことで施設に迷惑がかかるのではないかと、心配をされていた。
息子さんの連絡を受けて、今後の対応方法に関して、多職種職員で話し合いを行った。介護職員の多数は、他の入居者の安全確保を理由として、杖は別途保管することを主張した。それに対して私は、他の入居者の安全確保の対応は必要だが、杖など居室内の状態は元に戻すことを主張した。理由は以下のとおりである。
第一に、施設入居直後は誰でも環境の変化に戸惑い、落ち着かないことが頻繁に見受けられることがある。認知症でなくても、環境の変化に戸惑うことは普通である。理解力・判断力の低下が見受けられる認知症高齢者のかたであれば、なおのこと戸惑われるであろう。しかしながら、長短はあれ、一定の期間が経過すると、施設での生活に慣れる認知症高齢者は多い。
第二に、「暮らしの継続」という言葉があるが、生活の場である特別養護老人ホームにおいては、従前の環境とあまり変わらないようにする工夫・配慮が必要である。Aさんは入居前からいつも、ご自分の手元に杖を置いていたそうである。Aさんに施設で穏やかにお過ごしいただくためには、杖を撤去することは、マイナスであると考えた。
話し合いの結果として、Aさんへの対応としては、ご自分で杖を管理していただくことになった。また、2週間ほどで、介護職員も対応に慣れ、Aさんも比較的に穏やかに過ごされるようになった。
認知症は、理解力・判断力の低下などの認知機能障害によって生活に支障をきたす症状である。どの程度の支障をきたすのかは、支援者の姿勢・関わり方によるところが大きい。
認知症高齢者を支援する際には、そのかたご自身と環境の両面にアプローチする必要があるが、支援する自分自身も、その環境の一部である。自身の支援の在り方が、入居者の生活の質を左右する。そのことに思い致すとき、自省する日々である。