機関誌「真の家庭」publication

APTF 公式サイト機関誌「真の家庭」芸術と家庭・・・文学編(32)

芸術と家庭・・・文学編(32)local_offer

長島光央

最初の真のアメリカ人作家

マーク・トウェインの『王子と乞食』

『王子と乞食』は、アメリカの作家マーク・トウェインによって1881年に発表された児童文学作品です。舞台は16世紀のイングランドで、貧しい家庭の少年と王子が偶然出会い、お互いの人生を少しの間交換することを通して成長を遂げていく物語です。

主人公は、イングランドの王子エドワード・テューダーと、ロンドンの貧民街で生まれたトム・キャンティ。エドワード王子は、実在したエドワード6世がモデルです。

トムは、厳しい父親のもとで過酷な日々を過ごしていましたが、いつかは裕福に暮らすことを夢見ています。そんなある日、王子の住居であるウェストミンスター宮殿の近くで、エドワードと出会います。

エドワードは宮殿で豊かに暮らしていましたが、窮屈な生活に退屈を感じ、自由を渇望していました。二人は互いの生活に興味を抱き、服を交換して入れ替わって遊ぶことを思いつきました。驚いたことに、二人は双子のようにそっくりだったため、服を取り替えただけで本人そのものに見えるほどでした。これが運命の分かれ道になります。

直後、トムの格好をしたエドワードは番兵によって追い出され、逆にトムが王子として残されてしまいました。放り出されたエドワードは、貧困層の過酷な生活を目の当たりにし、自身が今までいかに恵まれていたかを理解していきます。彼はさまざまな試練を乗り越える中で、貧しい人々の苦しみや悲しみを知り、王としての役割に対する新たな理解を深めていくのです。

一方のトムも、宮殿内で事情を説明しようとしますが、王子としてしか見られません。突然与えられた王族の生活に戸惑いながらも、次第に宮廷のしきたりや作法を学んでいきます。トムは人々からの敬意や権力に魅了されつつ、王族としての責任や社会的な影響力を実感し、自身がいかに無知であったかを痛感していくのです。

宮廷生活と極貧生活の取り換え

Mark Twain

二人が互いの立場を身をもって体験し、最終的にトムが王として戴冠式を迎えようとしている時に、エドワードが王宮に戻ります。これまでの経験を通して民衆の苦しみを理解したエドワードは、王位を継いでエドワード6世となり、より思いやりのある統治者となることを誓います。また、トムも宮殿での体験から学んだ知識や教訓を生かし、エドワードの助言者として迎えられることになりました。エドワードは友人としてトムを尊重し、彼に助けを求めながらイングランドの統治に努めました。

『王子と乞食』は、物語の半分以上が、王子エドワードの冒険と成長に焦点が当てられています。トウェインは、当時の英国社会の史実とフィクションを巧みに組み合わせながら、二人の経験の中に、社会的な不平等や正義と慈悲の重要性、それぞれの立場にある人々の苦労や喜びを描いています。

マーク・トウェインは、1835年11月30日にアメリカのミズーリ州フロリダで生まれました。本名をサミュエル・ラングホーン・クレメンズといいます。幼少期に家族とミズーリ州ハンニバルに移住し、この街が後の『トム・ソーヤーの冒険』の舞台となりました。

その後、水先案内人、新聞記者などの職を転々としますが、1865年、『ジム・スマイリーと彼の跳び蛙』を発表、ユーモア作家として一躍脚光を浴びます。以後、『ハックルベリ・フィンの冒険』をはじめ、『アーサー王宮廷のコネティカット・ヤンキー』『不思議な少年』『マーク・トウェインのジャンヌ・ダルク』『人間とは何か』など幅広い小説、エッセイを執筆しました。児童文学の先駆者として世界中にその名をはせたトウェインは、1910年4月21日に74歳で亡くなります。彼の作品や人生は今もなお人々に愛され、アメリカ文学の重要な一部として影響を与え続けています。

家族を愛したマーク・トウェイン

トウェインは1870年、34歳の時にオリビア・ラングドンと結婚し、一男三女をもうけます。『王子と乞食』は、彼が家族と共に過ごした幸福な時代に執筆された作品です。奥さんや娘たちに書き上げたところを毎晩読み聞かせていたといいます。このような家族との温かい思い出が詰まったエピソードから、トウェインがこの作品にどれほどの愛情と情熱を注ぎ込んだかが伝わってきます。

ノーベル文学賞作家のウィリアム・フォークナーは、トウェインについて、「最初の真のアメリカ人作家であり、われわれの全ては彼の相続人である」と称賛したそうです。『王子と乞食』は、人生の大切な教えが随所に織り込まれた名作として、今日まで多くの読者に愛され続けています。

【参考資料】『王子と乞食』:岩波書店、マーク・トウェイン(著)、村岡花子(訳) 『人間とは何か?自己啓発の劇薬マーク・トウェインの教え』:文響社、石原剛(解説)