機関誌「真の家庭」publication

APTF 公式サイト機関誌「真の家庭」世界史の中の結婚と家庭の物語(7)

世界史の中の結婚と家庭の物語(7)local_offer

藤森和也

祖国に捧げられた清らかな命

百年戦争とジャンヌ・ダルク

Jehanne Darc

封建領主がまだ幅を利かせていたヨーロッパ中世の末期(13~15世紀)、イギリスとフランスの領主は互いに相手国内に領地を持ち、領有権や王位継承をめぐって争っていました。

両国の関係を複雑にしたのは1066年、フランスのノルマンディー公ウィリアムがイングランドを征服し、イギリス王となった「ノルマン・コンクエスト」です。これにより、イギリス国王でありながら、同時にフランスにも領地を保有する「フランス王の家臣」でもある二重の立場に置かれ、両国の間に緊張が生まれます。この歴史的背景が、百年戦争(1337~1453)へとつながっていくのです。

戦争の前半、フランスは劣勢に立たされていました。しかし、この流れを変える一人の少女が現れます。オルレアンの乙女、ジャンヌ・ダルク(1412~1431)です。彼女の登場は、フランスにとって歴史の転換点となりました。

生い立ちと救国の戦い

ジャンヌはフランス東部のドンレミ村で生まれました。家族は、父母と3人の兄、ジャンヌと妹を含めた5人の兄弟姉妹がいて、比較的裕福な農家だったようです。父親のジャックは、村の長老として徴税や会計の役を担い、領主に減税を求めたり、山賊の襲撃を防ぐために交渉したりするなど、村のために活躍していました。

裁判記録によると、ジャンヌは読み書きができず、手紙を代筆してもらったり、文章は人に読み聞かせてもらったりしていたようです。一方、母親のイザベルは、親族に司祭や修道士がいたことから、高い教養があったと言われています。

ジャンヌは幼いころから信仰にあつく、教会に熱心に通い、父から与えられた物を貧しい人々に施すなど、善良で純真な性格だったと友人たちは証言しています。彼女の信仰心は、後の運命を決定づける重要な要素でした。

1424年、12歳のジャンヌは神の声を聞き、フランスを救う使命を自覚します。1428年、イギリス軍がフランスのオルレアンに総攻撃を開始。翌1429年1月、17歳のジャンヌはシノン城で王太子シャルルに謁見し、フランス軍が敗北することを予言したと伝えられています。その予言が的中したことで信任を得たジャンヌは、軍に同行することを許されました。やがて、オルレアン包囲戦でフランス軍を鼓舞し、町の解放に大きな役割を果たして、一躍「救国の英雄」として名を高めました。

続く、パテーの戦いでもイギリス軍を壊滅させ、敗北続きだったフランスに希望をもたらします。この功績により、1429年7月、ランス大聖堂でシャルル7世の戴冠式が行われ、ジャンヌもその場に立ち会いました。

しかし、その後の戦いは順風満帆ではありませんでした。1429年9月のパリ攻略に失敗すると、1430年5月のコンピエーニュの戦いでジャンヌはブルゴーニュ公国に捕らえられ、イギリス軍に引き渡されます。翌年1431年1月には、ルーアンで異端審問にかけられることになりました。この裁判は、イギリス寄りのフランス人司教ピエール・コーションが主導し、政治的思惑の強い手続きのもとで進められたとされています。その結果、ジャンヌは異端の罪などで有罪とされ、1431年5月30日、ルーアンで火刑に処せられました。

ジャンヌ・ダルクの異端審問

ジャンヌ・ダルクの裁判は、歴史上でもっとも有名な異端審問の一つですが、後に、裁判手続きと判決の正当性を検証するための再審が求められ、異端審問官ジャン・ブレアルらの主導で上訴と調査が進められました。1456年、再審裁判所は当初の有罪判決を無効とし、ジャンヌの名誉回復を正式に宣言します。さらに1920年、カトリック教会によって列聖され、聖人として崇敬されるようになったのです。

神のお告げの真偽は、長く議論の対象となってきました。しかし、ジャンヌの生い立ちや家族の証言、そして裁判での答弁が極めて理性的であったことなどを考えると、魔女狩りのような動機で彼女を断罪することは、とうてい無理な話でした。むしろ、神への深い信仰こそが、ジャンヌの祖国フランスへの献身を最もよく説明するものだと言えるでしょう。

フランスの大部分がイギリスに占領され、国全体が失われかねない危機の中で、ジャンヌの登場はまさに救世主の出現を見るような出来事でした。わずか19歳で火刑に処せられた彼女の清らかな命は、結婚も家庭も犠牲にし、祖国フランスにささげられた永遠不滅の生命として、今も記憶されています。

【参考図書】『ジャンヌ・ダルク』ジュール・ミシュレ著、中公文庫 『ジャンヌ・ダルクと百年戦争』加藤玄著、山川出版社 『ジャンヌ・ダルク超異端の聖女』竹下節子著、講談社学術文庫